5月3日

戦前は、統帥権の問題で、ずいぶん苦しんだとモノの本で読んだことがある。

戦後は、憲法9条で苦しんでいる。

 

良かれと思っていたことが、時間の移り変わりの中で、手かせ足かせに変わってしまう、ということであろうか。

そのたびに、実情に合わせて変えるべきなのか。

しかし、墨守が好きな国民性(ボクたちお坊さんは今でも中国から伝わってきた頃の服装をしている)を思う時、どうなんだろうと思う。

 

本当の所、変わり身の早いのがいいのか、変わらないのがいいのか。

 

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『一茶』藤沢周平(文春文庫)を読み始めた。

これは、かなりの密着取材という感じである。自分の体験がそうとう反映しているのかもしれない。

ボク自身、落ちこぼれてしまった人間だから、こういうのは、分かりやすい。

根無し草で、四国路を放浪していた時の心細さ・・・

いまでも、借り住まいで、似たような心細さとともに居るのだが・・・それはある意味、求めていたものであった。求めた時には濃密な人間関係に辟易していたのだが、実現して、求めていたものの中にいると、其処は、頼りなさと心細さの中、とも言える。

 

後悔しているわけではない。ただ、求めている時と、手に入った時と、落差は、どれも、同じようなものだろうと思うばかりだ。

 

禅語で「百不中ひゃくふちゅう」という言葉がある。百発百中の反対と言っていい。

生き生きと躍るような命は、そんなものであろう。

 

『一茶』を読むから、いままで思ってもみなかったような感慨も生まれる。これもまた、読書の功徳であろうか

 

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今日は天気もいい。ゆっくり散歩が出来そうである。

 

 

『雲奔る』藤沢周平(中公文庫)

幕末の志士、雲井龍雄の伝記である。

 

半分ほど読んだところである。昨夜は、読んでいる途中で本を閉じ、寝たのだが、つづきが気になってあれこれ思っているうちに、目がさえてしまった。ボクは眠れないことなどほとんどないのだが・・・。

仕方なしに、寝床で続きを読むことになってしまった。

11時ごろ、さすがに眠くなり・・・

 

雲井龍雄は「遅れてきた志士」という感じである。現実に揉まれる経験に乏しく、正論から(儒教陽明学からというべきか)踏み出すことが出来ない。外敵と直接対決していないからだろう。大義名分から出られない、出てしまうと存在の意味を喪失してしまうということに留まっている。・・・

薩摩のあり様を許すことが出来ない。それで、錦の御旗をかかげて進軍する薩摩を敵として・・・刺客に狙われる・・・

 

乱反射。時代の変わり目は、今までの自明であったものが見失われ、新しいものがまだ見えないから、いろんな方向に模索される。自信ある者は走り出してしまう。だが、どんな人も、いま立っているところからしか歩き出せない。

 

三国志曹操ではないが、天子を抱き込んだ方が、主流ということであろうか

 

藤沢周平には、幕末の志士ではもう一人、清川八郎の伝記があるのだが、こちらは、丁度良い時期に活動したような気がする・・・が、他の人とは歩調が合わないような・・・。

これは30年近く前に読んだことがある。

・・・当時は、海音寺潮五郎さんの幕末物も面白く読んだ。

 

ボクは棺桶に片足を突っ込んでいる身なので、今の関心は、歴史の流れでも、正論でもない。人である。とうとうと流れる濁流の中に、身を躍らせてゆく、人。

この濁流というのは、たぶん、自分の命と共鳴している。だから、そのあり様は、人さまざまに違いない、善悪長短はあまり関係ない。そう思う。

 

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ここ数日の間に、2匹、二羽というべきか

小鳥の死骸を見た。一羽は、スズメの死骸。おそらくは飛び立ったばかりの経験の乏しいスズメが、車に接触してしまったのであろう。

もう一羽は、まだ毛の生えそろっていない雛の死骸。昨日はかなり強い風が吹いていたから、巣から転げ落ちたものでもあろうか

 

・・・・毎年、今の時期にはこういうことがある。命で溢れかえっている、だから勿論死も。生命の切り口が、そう見えるということだろうか

 

 

 

若い時は

死にたいと思うことが多かった。年を取ってきたら、生きたいという思いが募る。

面白いものだ。

これは、どういうことだろうか。

 

仏教の教えのなかに、五蘊盛苦、というのがある。生命力が満ち溢れて、それが苦となる。若い時の、死にたいというのは、この生命力のコントロールが難しいところから発生しているのかもしれない。

それに対して、今の、生きたいという思いは、病、生老病死の病からきているようだ。

それを忘れている、ことが難しい。たえず心臓起因の痛みを伴っている。これは気になる。絶えずと書いたが、じっさいは間欠的である。忘れそうになると思い出させられる、ようなあり様と言っていいかも。

 

だれにも、へそ曲がりなところがあって、左と言われれば、右と言いたくなるところはあるだろう。磁石のNとSが引き合うように、対になる言葉が呼び出される。

死ということの連想で、生が求められる。スイッチが入るのだろう。

言葉の魔術かも知れない。

 

ボクはまだ3か月である。・・・

・・・思うに、一年半ぐらい前に、無間地獄を見たのだが、あれと深く関連しているのかもしれない。あれは予告編だった・・・

 

年を取るというのは、一筋縄では行かないとは、思わないではなかったが・・・

・・・きわめて個人的な営みである、個人を意識せざるをえない。

 

『市塵』・・・生類憐みの令で悪名高い、将軍綱吉が亡くなった。いよいよ、白石が表舞台に出てくるのか。

白石は、消化器系に持病を持っていて・・・前総理の安倍氏のようだな、と思いながら読んでいる。

 

焦点を絞って対象をよく見れば、それぞれが、いろいろと、問題を抱えながら、歩いている。どの辺まで見るかは、好みだろうか。

 

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『市塵』『日本の歴史21』

佐高氏に共鳴したわけではないが、久しぶりに藤沢周平を読みたくなった。

『市塵』はまだ読んでなかったので早速。ハードカバーの単行本が安かったので、それを手に入れ、読んでいる。新井白石が主人公である、淡々と進む。

 

同時に、色川大吉氏の作品『日本の歴史21』近代日本の出発(中公文庫)も購入。

西南戦争が終わり、大久保利通の暗殺があった後、から書き始められている。

明治維新の頃の一般民衆の様子に焦点が当てられているようで、山田風太郎の明治時代の作品を思い出しながら読んでいる。

 

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いろんな本に手を出し過ぎて、積読本が増えてきている。

 

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歯医者通いが続いている。2月からだから・・・おそらく6月ぐらいまで掛かりそうだ。つぎつぎと悪いところが見つかる、という感じである。

いいこともある。やわらかいものしか食べられなかったのが、すこし固いものでも噛めるようになったこと。すこし固いとは、パンの耳とか、その程度の堅さなのだが。

うどんも、乾麺を4つに折って茹でる、などということは必要ないかもしれない。茹で麺を買ってくることも出来るかもしれない。

・・・どうやら、虫歯を放置していたので神経が死んで、根元が炎症を起こしている、それが、痛んで固いものを噛めなくしていた原因らしい。

コロナを恐れて、もともと痛いことを恐れる気持ちが強く医者嫌いなのだが、歯医者通いを渋っていたツケが回ってきたということであろう。・・・

 

右手の人差し指がひくひくと痙攣するようになってきているのだが、痛くはない。ちょっと不自由なだけだ・・・医者には行かず様子見である。

 

 

 

 

 

『司馬遼太郎と藤沢周平』

の中にこんな言葉がある。

 

【そういういくつもの可能性の中で、そこにいた当事者はどの道を進むかで悩んだわけです。「オレはどうしようかな、おまえはそっちへ行くのか、オレはこっちへ行くよ」という選択の苦悩と快感こそが歴史小説の醍醐味でしょう。現実にはならなかったいくつかの可能性とは、ほとんどが民衆レベルの問題です。

そうした可能性の問題を無視して、現実化した歴史の流れだけを追うと、どうしても権力者の歴史の追随になってしまう。

歴史的可能性がどうして一つの現実になったか、それを描こうとするなら、民衆レベルの迷い、悩み、さまざまな人生の結び目に注目しなくてはならない。また可能性のままで終わってしまった無数の人生がある。それにも目を配って、現実となったものを相対化してみせること、それこそが歴史小説の役目なのではないか。

ビルの屋上から眺めているのではそれは絶対に見えない。むしろ下から靴磨きの少年が見上げるようにして路上を見渡すのでなければね。】p182

 

佐高氏と色川大吉氏の対談(1997)の時の、色川氏の言葉である。

 

ビルの屋上から眺めるようにして・・・というので司馬遼太郎を言い、靴磨きの少年が見上げる・・・というので藤沢周平を言っていると受け取っていいだろう。

 

ちなみに、将棋のKさんは今「池波正太郎」が面白いと言っていた。この日も一冊見つけて持ち帰っている。・・・知り合いには司馬遼太郎ファンがいるのだが、自分には上から目線が面白くないと。

 

まあ。人の好みはいろいろだし、それが面白いところだろうから・・・天国の魅力の乏しいのはその単調さのような気がする・・・。

まあ、人間というのはしょうがないねえ。

 

 

 

本のリサイクル市

去年秋だったか、散歩の途中で偶然「本のリサイクル市」に出くわして、何冊か持ち帰ったことがある。

今回は、市報で大分前から知っていたので、午前中に出かけた。

 

自分の読み終えた本を出そうかと考えないわけでもないのだが・・・面白かった本には印や線を引く癖があって出せないし、面白くなかった本は・・・人それぞれだと思うが、出す気にならない。それで、出さないで持ち帰るだけなのだが。

 

今回、将棋のKさんを誘って出かけた。病気で将棋をしなくなってしばらく会っていないので、本を見たその後で昼飯を食べようということで。

 

去年は午後だったせいか、会場でほとんど一人で本を見ていた記憶があるが、今回はなかなか盛況で、私たちが居た20分ぐらいの間に10人ぐらいは出入りしていたのではないだろうか。

 

堅い内容の本が多い。個人の持ち込みというより、図書館の「除籍」本が大半のようである。

「世界史年表・地図」「仏教・インド思想辞典」「司馬遼太郎藤沢周平」など、10冊余りを持ち帰った。

Kさんも、7,8冊持ち帰ったようである。

 

さっそく『司馬遼太郎藤沢周平』を読み始めた。著者は評論家の佐高信 出版社は光文社。半分ほど進んだところだが、藤沢周平を持ち上げて司馬遼太郎を批判する、という感じである。

ボクなどは、それぞれ持ち味があって、面白く読ませてもらったのだが、比較したり批評したりということはしたことがなかったので、新鮮な気がしている。(司馬さんの小説はほとんど読んだことがないが、対談は面白い。紀行もなかなか。と思っていた。藤沢周平は、20年近く前に、文庫になっている本は大体読んだ。)

 

半分ほど進んだ現在、佐高氏に必ずしも同意は出来ないなあと思いながらだが、面白く読み進めている。(司馬遼太郎は小説家ではないようなことを書いているが、それは私も同感である。持ち味は別なところにあるような気がする。)

佐高氏の本は今回が初めてである。

 

まあ。いずれにしても、しばらくは退屈しないだろう。

 

 

仏像

を見ていて、

三国志の、劉備は、耳が肩まで垂れている、と書かれていることを思い出した。

これは、如来像に似ている。また、たしか

手は膝まで届くのではなかったか。これも、如来像の特徴ではなかったか。

 

劉備は異相の持ち主ということになっているが・・・たしか、野党の政治家で耳が目立って大きい人が居たような記憶があるが・・・

 

・・・三国志演義が書かれたのは、明の時代であった。あの頃には仏教は一般教養であったろう。元や明の時代には、確か科挙の制度がなく、一流教養人が政治家になったり官吏になったりするよりも、小説を書いたと、どこかで読んだ記憶がある。

あれだけ面白いのも分かるような気がする。

 

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『仏像彫刻のすすめ』をすこしづつ読んでいる。・・・同じものを10個作る。その作業の中で、どのときにどう使うかが分かり、刀が手と同じように使えるようになる。それが第一歩と書かれてある。

職人ということについて、あらためて目を開かせてもらった気がする。