完成です

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耳は、うまく彫れませんでした。もう少し細かい作業が出来る、1.5ミリの丸刀かキワ刀がなければ、難しそうです。勿論、もう少し慣れていれば、今持っている4ミリの丸刀でも出来るのかもしれませんが。

 

・・・もう2か月近く過ぎたんですが・・・今の自分を振り返るに、やはり自分の力でお薬師さんの台座などに挑戦するのは、まだまだ何年も先ということでしょうね。

 

明日辺りから、同じものに、再挑戦です。10体ぐらい作れば、刀の使い方が分かるというのですが・・・とりあえず、今年のうちに4体作ろうと思っています。クスノキで2体、ヒノキで2体と考えています。

 

昨日は教室で、彫刻刀の研ぎ方を教わりました。とくに印象に残ったのは、

・・・じつに頻繁に、砥石の面直しをする。ということでした。

 

丸刀の彫刻刀はどうして研ぐのかと思っていたのですが、普通のたいらな砥石を使って、彫刻刀の方を回しながら研ぐ。やがては溝が深くなっていって専用の砥石になる・・・普通の砥石から作るということも分かりました。

 

 

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身辺雑記

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耳ができたら仕上げに入ります

まあ、愉しいですね。工作というのは。

三角刀とか、もう少し狭い丸刀とかあればいいなあと思いながらやっていますが、今あるので何とか工夫です。

 

今にして思えば、印はボールペンではなく、鉛筆でつけるべきでした。

 

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昨日は医者通い。どうにも胸が苦しいので、心電図・血液検査・レントゲン検査などをしてもらった。結果は、以前と同じような状態だということであった。

一時相当改善してきているつもりでいたので、多分その分戻ってしまったのだろうと、そう思う。それほど悪化はしていないようなので、ダメージは一時的なものだったのかも知れない。

胸が苦しいのは、血中酸素濃度が下がっている(指先で測定しているのがそれだと仮定して)せいかもしれない。入院中などは98を示していたが、今回は92であった。この原因は何か知らないが。

まあ。心配しすぎかもしれないが、心臓というのはやはり気になる・・・

といって単に年齢のせいかもしれない。というのも、40代前半に相当ひどい不整脈(脈の二つのうちの一つが跳ぶ、つまり一分に30拍ぐらいになる)を経験したのだが、そのときは、今ほど心配しなかったように記憶している。(偉い先生・心臓病の大家に心電図を送って見てもらったりしたので、それなりに大騒ぎしたのかも知れないが、もうすっかり忘れてしまった)

 

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荘子』から写したい文章があるのだが、少し長い。

写す元気が出ないので、見送り。

 

いよいよ夏本番か。ただ今年はまだ蝉の声を聞いていない。・・・頭の中ではいつも鳴いているのだが・・・。赤とんぼはずいぶん見かける。

 

 

『荘子』から

【罔両(影のまわりにできる薄い影)が影にむかって問いかけた。「君はさきほどは歩いていたのに今はたちどまり、さきほどは坐っていたのに今は立っている。何とまあ定まった節操のないことだね。」影は答えた。「ボクは(自分の意思でそうしているのではなくて、)頼るところ(人間の肉体)に従ってそうしているらしいね。ところがボクの頼る人間はまた別に頼るところに従ってそうしているらしいね。ボクはヘビの皮やセミの抜け殻のような儚いものを頼りにしていることになるのだろうか。さて、なぜそうなのか分からないし、なぜそうでないかも分からないね。」】

荘子』第一冊p88

 

荘子」では、このあと、有名な「夢で蝶になる」話がつづくが、今はそれは置いておいて。

荘子』第四冊を読んでいたら、やはり罔両の話が出てきた。そこに、この章と同旨の文は第一冊にもある、と書かれてあり、こちらの方が短いので、写すには容易なので、それを採用した。

この文章を読むたびに、私は『形影神』を思い出す。「形影神」は写すには長すぎるのでここにはその「序」を示す。

 

陶淵明に「形影神」という詩がある。

その序に、次のようなことが書かれてある、【自分が世間の人を見てみるに身分の貴きものも、賎しきものも、賢き人も愚かな人も終始こせこせとして命を惜しがらぬものはない、だれを見ても長生きしたがっておる、自分の考えでは是はおおまちがいである、因って先ず形と影とがこせついて苦しんでいることを述べ次に神が自然ということを弁別し形影二者の過ちを釈いてやることを申し述べる、もし世間に物好きのお方があるならば、この詩を読みて作者の心もちを酌みとってもらいたい。】

陶淵明詩解』 p87

 

この序文を読むと、荘子陶淵明では、発想が全然違うように見えるのだが・・・ボクにはとても似ているように思える。

荘周と陶淵明は、似ていない。荘周は、分からないものは分からないままに、というところがあるが、陶淵明には、何としても秩序付けたいと思いながら、苦しんでいるようなところがある。

 

影は激しく動く。しかし、罔両は、あまり変化しない。しかし、変化しないものがいいとも言えない。五十歩百歩という言葉が思い出されるところである。影のあるところ必ず罔両もあるのだから。

影は人に近いところがあり、その影響が強い、が罔両にはそういうところは感じられない。

こういういい加減なところで、目の前に投げ出されるのは、陶淵明は嫌いだったろうなあ、と感じるのだが・・・。

 

どうして、似ていると感じてしまうのか・・・。

 

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心臓。胸の圧迫感が強まると、だいたい脈が跳ぶ。これが随分頻発している。あまりいい気分ではない。止まってしまうほどではないかもしれないが、随分無理をしているなあ、申し訳ない、という思いである。70年以上も黙々と働いてきて、ここに来て、また強い負荷をかけてしまったなあ、と。

 

 

 

 

ワクチン接種 つづき

昨日ニトロを飲んで(飲むというより口に含んで、口の中で溶かしてから飲み込む)

痛みが消えた、ところまで書いた。

つづき。

1時間ほどしたら、また痛みが始まった。心臓が止まりそうなほどの感じではないが、気にすると、呼吸が苦しくなるような圧迫感があるので、強いて気にしないように(それには読書が一番)安静に過ごす。

立ち上がると、すこしふらつく感じがするが・・・。

 

寝る前には、明日朝目覚めないかもしれないな、などと感じたのだが、それも仕方ない事だと諦めた。まもなく眠ってしまった。痛みが強いようならまたニトロを飲むつもりでいたのだが、そういうことも無く眠ってしまったようである。

 

夏掛け一枚ではすこし寒かったようで、3時間後ぐらいに目覚めた。

心臓は落ち着いている。注射した腕はすこし痛い。毛布を追加し、もう一度寝た。

 

今朝は;昨日と同じように、心臓の裏側辺りが痛い。が我慢できないほどではない。

 

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・・・接種率が60%前後であるというのも、頷ける。

副反応というのがかなりキツイ。・・・

3週間後の二回目の接種、どうするか、考えてしまう。 

 

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ワクチン接種

ワクチン接種の後、15分ぐらい安静にしているのだが・・・

10分ぐらい経過した時に左側背中が痛くなり・・・

15分経っても収まらなかったので、医者に話した。

 

彼らはアナフィラキシー症状については学習しているのだろうが

狭心症については何も知らないようで・・・

おろおろしているだけで、僅かに血圧を測ってくれただけである。

 

たまたま、出かける直前に来客があり応対していて、出かけるのが少し遅れてしまったので、慌てて着替えをしたので、ニトロを持って行くのを忘れてしまい・・・

ニトロを今持っていないなら急いで帰って飲みなさい、ということで

帰ることにした。

 

(あれから1時間ほど経過したが)今も背中は痛い。が、すこし痛みは軽くなりニトロを飲むほどでもないような・・・

主治医に言わせれば、そういう時は飲むべきだ、ということなのだろうが・・・。

 

どうやら、急に暑くなり、おまけに狭いところに閉じ込められて・・・血圧が上がったのが引き金だろうが・・・

2日ほどは、ニトロは手放せないかもしれないと思っている。

 

ここまで書いていて、やはり飲んだ方が良いように感じ、飲んだ。

・・・3分経過したが、痛みは消えたようである。

 

 

 

 

新型コロナウイルスワクチン無料接種

今日がその日である。ボクの周りでも、すでに2回終わった人などが何人かいて、いろいろ教えてくれる。まだの人からも、いろいろ教えられた。

予備知識は十分というところである。

 

・・・ボクはインフルエンザ予防接種をいままで一度も受けたことがないので、ちょっと不安がある。しかし、もう体力がないので、大勢に流されてゆくしかないと思っている。

 

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荘子』を読み始めた。何度目になるか・・・

『読書の学』を読んでいて、「哲学の空言」という言葉は、おそらく老荘と仏教をいうのだろうなあと思っていたのだが、この言葉に刺激されたのか、また読みたくなったのであった。最初に、岩波文庫第4冊を手に取っている。雑篇の方が面白いから。

 

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今年の雨は少し少ないのではないか、と感じていたところで、十分すぎる雨が降った。

前のお寺に居た時には、窓から見えるダムの一番上から水があふれるのは時間雨量60ミリを超えた場合だと聞かされていたので、相当激しい雨の時にはよく窓から眺めていたものだが、20数年の間に、一回だけそういうことがあった。そこまで行かない時でも、道路を山水が激しく流れ落ちるなどは当たり前の所だった。

一番激しい時には、カッパを付けて建物の周りの見回りに出た。こういう時でないと分からない、雨に弱いところを見つけるためである。それで随分補強工事をした。

・・・思い出である。ボクが今居るところは、町の中であるから。

今の住職はどうしているかな、とふと考えるだけである。

 

 

 

 

『読書の学』(ちくま学芸文庫)

吉川先生の本である。解説に、大学を退官されてから4年後、『ちくま』に連載されたものを後でまとめたものとある。

 

比較的易しい例を使って、自分の学問的方法を示した本である。吉川先生の本を読むと、どういう方法なのかはだいたい分かるのだが、それを正面から取り上げて示している。

比較的長いが写してみる。この引用部分は、この本でここまでに書かれたことのある意味でのまとめのようなところです・・・

 

【今や人間の必然を追求する学的な仕事は、つまり哲学は、総論の語として説かれることが、一般に習慣となっている。「読書の学」はそれとはことなった方法で、人間の必然をさぐろうとするのである。

それが個別の言語を素材とするのは、一つの見解が先行する。個別こそ全体のもっともよき具現であるとする見解である。見解というよりも、それは「読書の学」に於ける確信といってよい。

それはまた、かつて歴史の学の確信でもあった。司馬遷は、「太史公自序」において、「我れ之れを空言に載せんと欲するに、之れを行事に見(あらわ)すの深切著明なるに如かざる也」と、孔子の言葉を引いている。個個の「行事」を叙べる歴史叙述の、哲学の「空言」に対する優越をいうのである。

「読書の学」が根底に保持する精神も、この宣言につらなる。個別の言語、それを空泛な哲学の言語よりも、個別であるゆえにこそ、「深切著明」であるとし、それによって、ひろく人間の方向を探求するのが、「読書の学」である。

「読書の学」とは、書物の言語によって人間を考える仕事である。書物の言語に即して思索することである。書物を、考えるために読むことである。】p273

 

(すこし難しい漢字もあるが、意味は字のかたちから推測できると思うので、辞書的意味は省略します。)

 

私は、出家する前に、こんな本を読んでいた。陽明学の本なども読んでいた。

・・・何時までも外側から眺めていても仕方ない。飛び込んで、内側から見るべきである。と思うようになったのであった。

 

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顔が難しい

「かお」とか「め」とかいうのは容易だが、さて、彫刻刀で彫りこんでゆこうとすると、あれ、どんな形だったかな、目とまゆの所はどうなっていたかな、・・・など、分からないことだらけである。仏像のイメージは思い浮かぶのだが・・・自然に、鏡を見るようになって・・・自分に似てしまう。

こんなにも知らないのである。そして、これは技量の問題だが、彫刻刀をどこからどう当てて彫るべきか、なかなか迷いながらの手探りである。

このお地蔵さんの顔を完成するには、おそらくは、今までかけたと同じぐらいの時間をかけないといけないかもしれないと思っているところです。