全身麻酔から覚める

まず今の体調。快調である。昨日から、咳をしてもお腹にあまり響かなくなった。寝起きに腹筋に力が入っても痛みを感じなくなってきた。

 

さて。本題の、全身麻酔から覚める、だが;一言でいえば、《異次元の体験》である。

無間地獄(痛みが途切れることなく続く世界)に堕ちた、と本当に思った。

誰かの呼びかけで私は目覚めた。そこは痛みだけの世界の真っただ中であった。私はまだ手の感覚も足の感覚も体の感覚も回復していない。ただ耐え難い痛みと、視覚があった(ごく限られたもので狭い窓を通して目の前だけが見えた)。激痛で声をあげていたかもしれないが、自分には聞こえない。目の前を何人かが横切る、あたかも棺桶の中を覗き見るようであった。

堪え難い痛みの中で私は藻掻いていた。たすけて、たすけて。そのとき、観音様のお声がした。我慢してくださいね、もう少しで楽になりますからね。わたしは必至でその声にすがり、痛みに耐えた。

 

多分痛み止めが投与され、私はまた意識を失ったのであろう。そしてまた、痛みの中で目覚め、同じようなことが繰り返された。何度目か分からないが、私は目の端に自分の左手を捉えた(おそらく振り回していたのだろう。そして見つめたということはその腕の動きを私が止めたということなのだろうが、そんな意識はない。目は自分の腕と認識しているが、まだ自分の体の感覚が戻っていない)。其処には、点滴のための管がまかれ、止めてあるばんそうこうの上に12という数字が書かれてあった。記憶が蘇った。これは手術室に入る2時間ほど前に、点滴用の注射針を右手から左手に変えたときに、その日付を入れたものであった。

《ああ、今は手術後の病院のベッドの中なのだ》《おれは麻酔から覚めつつあるのだ》《あれは観音菩薩ではなく、看護士さんなのだ》と。そういうことが、この唯一過去の自分に繋がるものを発見したことで、徐々に理解され、やがて何度か痛みの中の目覚めと眠りを繰り返す中で、手の感覚、上体の感覚、脚の感覚を取り戻した。

 

この世に無間地獄がある。オレはそこに堕ちたのだ。これは忘れられない記憶だ。

 

この痛みは別次元であり、この体験の後では胆石の痛みなど痛みともいえない。痛みの中に、生まれる・・・激痛の中になすすべもなく、ただ痛みを感じ続ける・・・・おそらく数分の事だろうと思うが、時間の感覚のないところでは無限とも思えた。

 

後で看護士の指導をしている看護大学の先生にお聞きしたところ、全身麻酔から覚める時に、もうろうとするだけで痛みを感じない人もいるし、私のように苦しむ人もいる、中にはもっとひどい、人格崩壊(自分が誰だか分からなくなってしまう)を起こす場合もあります、ということであった。

 

・・・・私は幸いに、観音様に助けてもらった。しかし、あの痛みの中にもうすこし長い間、救いなしに止まっていたら・・・・どういうことになっていたか。

 

私は、へその周りに3、5センチ。胆嚢を切り取るのに1、5センチの傷をつけられただけのようだが、これほどの激痛である。

 

‥‥自分が万全の態勢で居る時、このダメージを受けたらどうなっていたか・堪えられたかどうか、それは分からない。しかし、無防備で痛みだけの世界に放り込まれたら、ただ声なき声を出してわめき、首を振り、手を振り上げる(その感覚は喪失している)しかないのだろう。脚があれば走って逃げたい!!

 

観音様に助けていただけたことは限りなき喜びである。