散歩していてもちょっと寒い。そうとう着込んでいるのだがまだ薄着なのかもしれない、それとも一挙に体重が3キロも落ちたせいか
山はそれなりに紅葉が進み、ところどころに赤い葉っぱが目に付く。
風に揺れてススキが靡いている。川面にはさざ波が立っている。
先ごろ居た水鳥は見かけなくなった。
勿論鯉のすがたももうない。雑魚も見なくなった。
今日は人にも出会わない。
海は白い波が立っているのだろうと思うが、階段を上って風の強そうな丘の上に出る元気はない。
今日は、少し歩く距離を伸ばしてみよう
時間はたっぷりある。
ある若い看護士さんが、間を保てなくなってだろうか
お坊さんは、私たちには見えないものを見たりしますか
と聞いてきた。
面白いことを聞くものだと思いながら、
いや。そういうものは何も見ない。ただ、同じものを見ているのだが、少し見え方が
違っている、と答えた。執刀医が現れ、手術の説明が始まったので、話はそれきりであった。
手術の前日の事であった。
その後、腹腔鏡を臍から入れるらしく、体内にゴミが入っては困るのでへその掃除をさせてくれというので
その掃除をしてもらいながら(この日はこの看護士が当番だったのだろう)、
先ほどの話の続きだが、と言って話しかけた。これが最後になる可能性も無いわけではないので、質問には答えておきたかったのである。
例えば、私は○○エリカさんを見ているのではなく、○○エリカさんのようなものを見ている。といって、少し、モノを見ているのではなく、縁起を見ているということを説明しかけたところで、手術準備の次の段階に進んでしまい、別の担当者(確か手術室の係り)に変わり
この話は中途半端になってしまった。
それ以後、4日居たのだが、彼女が当番になることも無く、当然話す機会もなく、退院したのであった。
こういうものの見方をしていなかったなら、地獄を見ることも無かったかもしれない。
そういう意味では、かなり違うものを見ているのかもしれない。
・・・・多分、ボクのほかには誰も無間地獄など経験していないのかもしれない。
昨日は、アキレス腱を傷める前と同じぐらいの距離を歩いた。歩くペースは遅く、時間はかかったけれど。