『生命40億年全史』

ボクは、この本の何処が気に入ったのだろうか・・・確かに気に入ったのである。

J・グールドの『ワンダフルライフ』も気に入ったのであった・・・同じ訳者である。

翻訳の文体が気に入ったのであろうか・・・???

 

最初の方に【私は、自分流の独特なやり方で、数十億年におよぶ生命の歴史を語ろうと思う】p38 とある。

 

例えばそれはどんなところだろうか。

【では、原始的な細胞は変わりゆく世界とともに消滅したのか、その後の向上した地球環境に適応した、より複雑な細胞にとってかわられたのかといえばそんなことはない。

・・・中略・・・

遺伝情報のセットをそなえたバクテリアの起源によって生物の歴史の第一段階が開始され、第二段階は光合成の時代の幕開けだったとすれば、第三段階は複雑な細胞の出現によって始まったということになるだろう。驚くべきは、現在も生き残っている単純な生物の中に、各段階の立役者を見つけられることである。太古の出来事の証人がメトセラのごとく今なお健在だというのに、人類は創造の頂点に立つ生きものであるなどと考えるのはあまりに尊大なことである。陸上競技の頂点に立つのがマラソンだとすれば、桿状や糸状をしたバクテリアこそ、史上最強のマラソンランナーということになる。云々】p96・97

メトセラ;聖書中の人物で、長寿の代名詞的人物。

 

書き写したいところは沢山あるが、疲れるので、ここまでで。

 

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ボクはこの本を読んでいて、何か自分がシーラカンスのように思えてきた。

あの格好で(おそらく動きは鈍い)、素早い動きを身につけた魚などをどうして捉えているのだろうか。

たぶんそういうモノを相手にしているのではないのだろう。

やく4億年前からあまり姿を変えていない・・・。ということは、相手もまた、そうなのだろう。

 

姿かたちは似ていても、装備が高性能化しているという種もある。サメなどはそれらしい。ボクなどはどうやらそういうモノではない。

 

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最初に書きたい内容の大筋をメモして書き始めればいいのだが・・・そういう訓練をしていないので、最初思っていたことと違う方向へ筆が動いてしまうということが屡々である。

もう一回、追加投稿する必要があるかもしれない・・・あるいは、面倒くさくなって止めるかも。(もう次の本『地球46億年全史』を読み始めているので)

 

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宗教の教えでは、本を読むことは、酒粕を食うことに喩えられたりして、第二第三に堕ちた行為と見られるところがあり・・・本を読んでいるとそれだけで後ろめたいような気がどこかでしている。今でも。しかし、そういう個人的なことはともかく、この『生命40億年全史』にしても『地球46億年全史』にしても、著者の生きた証のような気がしている。読ませてもらって有難い。得難い。もちろんそれで私の後ろめたいところが免罪されるとは思っていないのだが。

 

ヒトの思いというのは、なかなか複雑な・曲がりくねったところがあり、自分がそうだと、それを他にも投影する。あるいは、共鳴するところを見ようとする。・・・