『晩夏』 最終回

読んだ人は少ないと思うので、あらすじを書くべきかどうか、迷いましたが・・・結局面倒くさがりの本性が出ました。

 

この本は・・・途中で投げ出してしまう人が多いということですが、そこを乗り越えて、最後まで読むと、疑問が多く残り、いろいろ考えてしまい、ある意味忘れがたい。

 

「晩夏」という言葉の意味からも、薔薇の館の主人が主人公ということになると、語り手のボクというのは、ほとんど主役のように至る所に登場するのですが・・・その主人公の夢の中の人物ということにも思われてきます。

そういうことなら、とても分かりやすい。なにが分かりやすいかというと、語り手がおよそあり得ないほど”よいこ”である、ということが。彼が恵まれた境遇の中で、すべてが、順調に進むということが。

 

リアルな感じがするのは、薔薇の館の主人が「回顧」するところです。その前の、冬山登山の所もよく描かれているとは思うのですが、やはり夢の中のような・・・身近な危険が感じられない。

 

・・・14歳の少女と恋に落ちるところは、よく描かれていると思います。たしかにこの年頃は、こんな感じだろうと思います。・・・しかし、こんな別れ方をして尚、50年後に再会し、晩夏の生活が展開するとは考えにくい(人生は一期一会ではないのか)。これも、作者の夢なのでしょう。

 

ボクはもう夢を見ない年齢になってしまいましたので、こういう「味ない」見方をしてしまいますが・・・それでは、作者が意図したこととは大きく逸脱してしまうような気はしています。・・・こういう読後の感想ではなく、読んでいた最中の心が、作者の意図にすこし近いのかもしれません。

 

人生は夢。その、夢の中で夢を見ている。???

否、いい夢を見、いい夢を生きようではないか。

(よし!もう一度!何度でも!! と言える人生)

 

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表紙の絵はシュティフターが描いたものではありませんが、本の内容と関係がないわけではないと思います