『女と文明』を読む切っ掛けなど

「三人の若い俳優の自殺」について書いた翌日だったか、Kさんが、私に、あの自殺をどう思うか、と聞いてきた。私は、実は私には独自な考えがある、と前置きして、ブログに書いたのと同じようなことを話し始めた。そしたら、まだ話が途中だったのだが、猛然と怒り出して、母親が子どもを置いて自殺するとは、許せない。と言い出したのである。反論したらケンカになりそうであった。

 

あの日、Kさんが帰った後で、いろいろ考えた。Kさんは、母親は子どもを道連れに心中すべきだったと思っているのだろうか?・・・まさか、そんなはずはない。それでは?

・・・・・・・???

 

Kさんが私から聞きたかったのは、3人の俳優の自殺ではなく、直近の女の人(母親でもある)の自殺に対する私の感想・・・というより、あれはダメだという感想を聞きたかったようだ。ところが、私は、肯定したような話をした。(だって、実際に自殺しているのだから、そのことを肯定したうえで、過程を推測するしかできない、と私は考えたのである。その行為が良いか悪いか、そういうことは考えもしなかった。そういうことはわたしが考えても仕方のないことだ、と。)

 

訊かれている趣旨を誤解するということは、私のばあい、よくあることではあるが、今回は、そうとうズレていたようだ。かれが顔を赤くして怒り出したとき、何が起こったか、まったく分からなかった。

 

・・・半世紀も昔、ある飲み屋で意気投合して飲んでいたのに、突然殴り合いのけんかになってしまったことを思い出す。警察を呼ぶ騒ぎになって、あわてて店を飛び出したのであった。後で聞いたら、私の発言に問題があったらしく、あんなことを言えばそれは怒るよ、と一緒に居た友人に言われた。しかし、私は、それがどんな言葉なのか、思い出せなかった。・・・

 

ボクは、女に子供を生まないという選択もあるだろうし、子どもより仕事を取るという時もあるだろうとも思っている。・・・そういうことを考えていた時に、この本が目に入った。必ずしも、Kさんに読ませようと思って読み始めたのではないが、Kさんを意識して読み始めたのは確かである。

 

お坊さんというのは、体制批判はあまりやらない。どちらかというと、価値判断を避ける。その、与えられた状況の中で、最善の道を探ろうとする。

それはお坊さんだけではなく、弱い立場のものの知恵であろう。