陶淵明 2

若い時、激しく盛んな意気に燃え、

剣を撫でて一人で諸方をあそびまわった。

遊んだのは近いところだろうなどと誰が言うか

西は張掖から東は幽州まで出かけた。 

飢えた時には首陽山のワラビも食べた。

喉が渇いては、易水の水も飲んだ。

しかし自分を知ってくれる人には出合わず

目に見えるのは、昔ながらの丘ばかり。

みちばたに二つの塚を見かけたが

伯牙と荘周の墓だった。

この二人は、二度と得られない友を持った

私は何を求めてうろついたのか。

 

この詩(擬古その八)など、確かに孤独感を感じさせるかもしれない。

同時代の中には知己を得られない。

しかし、歴史の中には伯夷・叔斉や荊軻、荘周などが居るではないか?

が、彼らも理解者を持っていたが、自分にはいないと。

 

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当時、彼は本当に旅行をしたのだろうか

年表を見ると、中国北部は異民族に支配されていたようなのだが。

虚構の可能性が大きいのではないか

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孤独感だけが本当だということか

数人の名前が出てきたが、この名に託された思いも本心だろう

 

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『世界の歴史5 西域とイスラム』(中公文庫)を読み始めた。再読である。