将棋盤をヒトにあげた

迷った末である。

心臓が興奮に堪えられそうにないので、やむを得ない。

 

ボクは、将棋はかなり気に入っていた。いまでも好きである。

実際の勝負ではあまり強くなれなかった(かなり弱かった)のだが・・・

 

どういうところが好きかと言うと、王将と玉将が、軍勢を率いて戦うのだが、取った駒は手ごまとして使える。つまりは、手に入れた捕虜は、寝返ったり、あるいは、先陣として使うという、現実を反映しているのだろうと思う。

最初からの味方の駒は守りに使い、取った駒は攻撃に使う。時に捨て駒のようにして使うこともある。捨て駒と言えば、最初に歩の突き捨てということがあるが、かなり現実を反映しているように思う。突破口を開くには、兵隊を犠牲にする。

 

これが、実際の戦いなら、ボクのように気の小さい人間にはとても耐えられないような、史記に描かれた戦い、あるいは、蒙古軍の戦い方などを、思うのである。

気付くと、実際に、そういう駒の使い方をしている。そうでないと勝てない。

 

・・・力を握れば、人を駒のように見るようになり、オレにもそういうことが平気になるのだろうか・・・平気かどうかは分からないが、そういうことが出来ないでは、兵(手勢)は動かせないだろうなあ、とは思う。

 

囲碁やチェスは、もう少し抽象的なゲームだと思う。最初から敵味方(白黒)がハッキリしていて、そこに裏切りなどはない。表裏なしという感じである。

大体、お坊さんなどが囲碁をし、一般庶民が将棋を指したというのも、分かるような気がする。

 

・・・いずれにしても、成績は良くなかったが、卒業である。

ちょっと寂しい。