半分ほど

読みました。

数学書か教科書を読んでいるような感じで、しばらくは、黙って付いてゆくしかない。

そこで脱落してしまう人も多いかもしれない。ような本です。

途中からだんだん面白くなってくる。

 

【わずかな格差ですら許容したくないという一般の信条・・・・・

これにはジャーナリズムが一役買うことは言うまでもない。攻撃は一斉になされ、孤立無援の状態に立たされる。・・・・この場合の対象には、・・・・どちらかといえば弱者が多く、無理をして頂点に近づいた・・・ 】p103

 

近頃の世相を見ていて、重ね合わせてしまう局面が、いくつか思い浮かぶ。

 

コロナ騒ぎの中で、こういうスケープゴート探しが一定の市民権を獲得してしまったのか、との思いを持つ。

どんなものも、諸刃の剣のような気がする。切れ味が鋭いというのは、いいのか悪いのか・・・。

 

そんなことを考えながら、読んでいます。

 

これから読む第二部 集団と集団 には、すこし明るい希望が持てればいいな

 

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「捨てる」というのは、なかなか出来ないものだ。

限られた空間を、少しでも広げたいのだが。

パソコンを2台、スマホを1台。ケイタイを3台、廃棄することにした。スマホも携帯もカードを抜いてしまっているが、写真などが残っている・・・それも、リセットである。

・・・オレの残りの人生は、ゴミの分別のためにあるのか・・・と思うほど、家の中には〈要らないもの〉が多い・・・しかし、それを捨てることは、大事な記憶も捨てることになるのではないか・・・との迷いが伴う。

というのも、捨てる分別の最中に、あるモノを手に取って、忘れていた記憶が呼び覚まされる、ことが屡々だからである。

 

しかし、こういう記憶ぐるみ、去ってゆくのも遠くないのだ・・・執着ではないのか、この思いは???

 

割り切れない思いの中で分別作業をしていると、触らない方が精神衛生上はずっといいようにも思える。あるいは、分別しないで、全部捨ててしまうのが・・・

 

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今朝は寒い。いい天気になりそうだ