今朝の読売新聞のコラムで知った言葉である。「ちょうじゅうぎが」と読む遊び言葉らしい。
尼崎市の個人情報持ち出し、は確かに信じられない事件である。
昨日このニュースが流れた時、私は、東海村の放射能汚染事件を思い出していた。あれは何年前のことであったか・・・バケツの中で核物質を混ぜ合わせて反応が起こってしまった、という事件である・・・あの時も信じがたい思いをしたものであった。
・・・〈慣れ〉てしまうことの怖さを、あらためて思った。
〈慣れ〉といえば、ウクライナでの戦死・拷問のニュースにも慣れてしまってきた。いつの間にか、最初の衝撃が薄れ、対岸の火事のように見えてしまう。
確か、【刺激漸減の原則】だったかな。脳の機能らしい。有効に働くときが多いのだが、いつもそうとは限らないということだろう。
どんなことでも、最初はハードルが高いが、やがて慣れる。緊張しなくなる。
・・・不倫などもそうなのだろう。近頃このニュースも多い。
個人情報の扱いは、かなり厳しい罰則を決めておかないと防げないことかもしれない。
決めておいても、100%ということは、”人間”には難しいことかもしれない。・・・
人間には難しい・・・起こるべくして起こったと見るべきなのだろう。
どう対策を立てるか。大問題である。
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読書はペースダウンである。
『ことばの人間学』(新潮文庫)を読み始めた。これは、鈴木先生が、まだ若い頃に、いろんなところに発表した短文を集めたもののようである。昭和30年代から50年代初めぐらいのもののようだ。
これはこれで、興味深い。