『プラド美術館』を読み終えた

この本の副題は「絵画が語るヨーロッパ盛衰史」

帯には「カトリックの牙城スペインが誇る王家の個人コレクションから読み解く歴史のドラマ」

読み終えて思うに、確かにそうも言える、と。

 

読み終えて、布団の中であれこれ考えていて、浮かび上がってきた思いは

パプスブルク王家の歩みが、ドン・キホーテと重なって見えてきたなあ。ということだ。

狂気。歴史の歩みを逆転させようという力技。

 

トルデシーリャス条約。これが信じられないところから、ぼくの歴史読書は始まったのだが・・・。

 

確か、ドン・キホーテは死に臨んで正気に返り、郷士アロンソ・キハーノとして命を終える。スペインは如何なのだろうか。正気に返ったのか・・・

 

・・・・しかし、何を正気というのか、とも思う。

それなりに満ち足りた善人が、とつぜん発奮して、遍歴の騎士になり、全力投球で命を削る・・・日常の中に非日常を持ち込む。ように見えるが・・・

 

ま。途中だけれども、ここで止める。

『丸わかり ドン・キホーテ』が2,3日うちには手に入ると思うので、それを読んでから、また考えてみよう。

 

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急に寒くなってきた。まだ冬の準備もしてなくて、ちょっと薄着すぎたらしく、風邪を引いてしまったらしい。夜中に喉が痛く目が覚めた。

コロナだったら嫌だな、と思いながら、起き出して、PCR検査をするかどうかウェブ検索したが、ともかく葛根湯を飲んで様子を見ようと思い返して、寝た。毛布一枚で寝ていたのだがさらに掛け布団をかけて。

今朝は随分落ち着いてきているが、さらに葛根湯を飲んで、これを書いている。

熱もないようだし、のどの痛みもずいぶん和らいできている。普通の風邪のようである。やれやれ。

 

 

 

 

メモ

「激安のドン・キホーテ」と間違われそうで、ヨコ文字を書いた・・・。他意は無い。

 

プラド美術館』を読むと、歴史は後戻りしないという通説も例外があるのかも知れないと思わせられる。

まあ、部分的にはそういうことはあり得るということなのかもしれないが・・・。

 

レコンキスタによって、スペインは中世に逆戻りしてしまったような。その力技が可能だったのは、新大陸からの富の収奪。そのすべてを、聖戦に湯水のようにつぎ込んで、カトリック教会を維持し続けた・・・。残ったのは、貧民と荒野だけ・・・。

 

プラド美術館ガイドブック』を見ていて思ったのは、ほとんどが宗教画なのだけれども、宗教というより、別の何か。見ていて疲れるような何か

その何かはハッキリしなかったのだが、人間の業のようなモノを感じていた。のだが、この『プラド美術館』をかなり読み進んで、その実情が分かった。

 

(この本で)何故かなり下品なことが言われ続けてきたのか。それが実情だからであると。

 

・・・。日本人が上品になりすぎてしまったのかも知れないね。あるいは偽善的に。

 

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書見台』を買った。寝転がって読むには重すぎる本を、テーブルに置いて読むと、姿勢が悪くなりそうで、じっさい、長時間の読書は無理であった。それが、あたかもパソコンの画面を見るように観れる〈書見台〉の広告が、本を探していた折に、画面の片すみに表示された。これは何時ごろから表示されていたものかは知らないが、目に付いたのはつい先日である。

幾つか見ていると、かなり安いものが有る(ボクは実用的で安いものしか買わない。自虐的には、買えない)

それで、早速手に入れた。使ってみると、便利である。少し大きな重い本も、頬杖ついて楽に読める。本体自体は軽量でしっかりしている。(まあ、1年ぐらい使ってみないと頑丈さは分からないが)

 

寝転がってばかりいて、足腰が弱ってきたような気がしていたところなので、文庫本もこれで読めるかもしれない。

 

これからの季節、これでさらに読書しやすくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

Don Quijote de la Mancha ドン・キホーテ

プラド美術館』を読んでいたら、『スペインを読む事典』でいろんな項目を検索したくなり・・・「ドン・キホーテ」関連項目を読んでいるうちに、

ドン・キホーテ』を読みたくなった。

 

しかし、私は岩波文庫本で何回か挫折しているので(この本は私には難しすぎるのである。聖書の次に読まれている本と言われているのだが・・・)

 

どうしようかと迷っている。

それでウェブ検索して、抄訳は原則嫌いなのだが・・・

『丸かじりドン・キホーテ』(新潮文庫 中丸明)を手に入れることにした。

 

中丸氏は下ネタが多すぎて疑問の所もあるのだが、「ガルガンチュア」(渡辺一夫訳)の翻訳など、若い時に読んだ本(若い時、私は渡辺一夫さんの文章がとても好きだった。日本語の模範のように感じていた)も、それほど上品とは言えなかったこともあるから、(もともとドン・キホーテも上品ではないのかも。というのも、一番読まれているという聖書もそれほど上品ではないのでは???)

 

スペインにはいろいろ疑問があるのだが、あれほど富を収奪して、それは何処に消えてしまったのか。

というのも、スペインは今でも貧しい方のような気がするから。

宗教に関わると貧しくなってしまうのだろうか。僧侶だけでなく、一般人も。

まあ。素朴な疑問である。(得をするのは商人だけか・・・)

 

ドン・キホーテ」は、自分も似ているなあ、と思うところもある。(おそらく、そう思う人は少なくないのではないだろうか)

禅語でよく色紙などに『夢』と書かれてある。夢の中で夢を説いている。とも言われたりする。

ボクも夢を見ていたのかな、と振り返ることがある。今、心臓を病んで、リタイア生活に入って、「それなりに面白かった」と思うけど。・・・今の姿も

夢の中でないとは言えないのでは???

 

家内の部屋に飾ってあったロシアの人形、入れ子構造になっている・・・

あれを思い出した。

 

 

 

 

 

韓国ドラマ

あれからもずっと韓国ドラマを見ていた。

 

『プロファイラー』のあと、

『ウォッチャー 不正捜査官たちの真実』60分×16回。

『ミセン 未生』60分×20回。

ミセンは、総合商社の営業第3課が舞台で、なかなか面白い。大卒で語学も3か国語ぐらいは話せないと務まらない場所に、長い間囲碁のプロを目指していて目前に挫折。学歴は中卒、資格試験で高卒の資格を取った、自国語しか話せない26歳の男がコネでインターンに入るところから、話は始まるのだが・・・。涙あり怒りアリ笑いあり。脇役を務める役者はみななかなかの芸達者、ストーリーも、いい。

主人公は大根のようだが、それがまた役にハマっている。

セクハラ、パワハラが凄い。10年前の作品だから、あんなものなのか。それとも、

韓国は儒教社会だから、そんなものなのか・・・。

全体的には、いかにも華厳経の浸透している社会という感じも受けるのだが・・・。

 

韓国のドラマもまだ5作ほど見たにすぎないが、疲れた。一休みである。

 

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プラド美術館 絵画が語るヨーロッパ盛衰史』新潮選書

読み始めてかなりになるが遅々として進まない。ちょっと下品すぎるところが多く、立ち止まってしまうのである。ただスペインという国の特異な性格が浮かび上がってくるような。

 

レコンキスタというものの実体は、「モーロ人の国」を少しづつ切り取って、スペインの植民地にしていくということであった。】p101

 

スペインは、どうやら、イスラム教から解放されたのではなく、キリスト教の植民地になっていったということのようだ。それなら、異端審問も、アメリカで現地人が改宗しない限り人間扱いがされなかったことも何の不思議もない。プラド美術館の収納作品の大半が宗教画であるという特異性も納得。

 

ペルーで「トルデシーリャス条約」の事を聞いてから西洋史に興味を持ち始めたのだが、今回、この本で「バリャドリードの大論争」1550年 のことを知り、いろんな知識が、面白い繋がり方というか、忘れかけていたことがいろいろ思い出されて、久しぶりに目が覚めたような・・・。

 

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台風が過ぎて、急に寒くなってきた。今朝は暖房が欲しいくらいである。

 

 

 

 

韓国ドラマの面白さとは

一言で言えば、悪人が多いということか。善人はほとんど居ない。

まあ、現実に近い。

 

日本のドラマは、そこから見ると、単純。分かりやすい。

悪く言えば、底が浅い?・・・私欲が隠されてしまっている。

 

以前。ボクがまだ一回も韓国ドラマを見たことがなかったころ。

将棋相手のKさんが、韓国の歴史ドラマにハマっていて、ドラマの話をよくしていたのだが、

私利私欲に走るモノばっかりで、国が食いつぶされてしまって・・・歯がゆいようなじれったい様なところがあるが、面白い、と言っていた。

あれじゃ国が独立するのが難しい、とも。

 

当時ボクは、独立を保てないような国だから、そういう人が増えるのだろうなあ。たしか似たような話はイタリア人から聞いたことがあるような・・・と思っていた。

 

今回は、そういうことを思い出すけれども、それはそれとして、ドラマは悪人を描いてこそドラマなのではないか、と。感じはじめている。

善と悪がハッキリしないで、誰もが、私欲を幾分か持って動く。だから、脳の一部を切り取りでもしないと、正義を体現できない。あるいはゾンビにでもならない限り。

 

確か、以前『開封府』という台湾ドラマを見た。その主人公も、生まれた時から随分変わっていて・・・歩き方もムーンウォークというのか、変わっていたことを思い出した。善人というのは、基本的にありえない。

 

この世はちょっとずつ悪(大体は悪というより私利私欲)をする人々が重なり合って大悪をしたり相殺したりしている。そんな人間観が透けて見えるような・・・。

 

今3本目。『ザ・プロファイラー』(60分×16回)を見ている。

 

 

 

 

韓国ドラマ『秘密の森』 など

60分×16回。

ボクは韓国のドラマとは相性が悪いようで、ほとんど見たことがなかった。

これは2作目である。最初は『ゾンビ探偵』30分×24回

 

『ゾンビ探偵』がそれなりに面白かったので、これを見たと言っていいだろう。

内容は書かないが、探偵(探偵の悩み)が面白い。ゾンビの探偵も面白かったが、感情を司る脳の一部が切除された検事、というのも面白い。・・・AIに裁かれるよりは人間だ、が人間には難しい事案は少なくない・・・。

感情が豊かな普通の人では出来ないことをする、という役回りである。終りの頃に、日本が出てくるが、勿論悪者の取引相手としてである。彼らは片言の日本語を操る。

 

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吾輩は猫である』のなかに、ジョージ・メレディス(イギリスの作家 1828-1909 ちなみに漱石は1867-1916)の事が出ていたので、メレディスの『エゴイスト』を購入した(彼の作品で翻訳出版されているのは少ないようである)

かなり長い小説のようなので、下巻のみを手に入れた。下巻には解説・あとがきがついていると思ったからである。

夏目漱石に似ているのなら、話の筋は単純で、脱線してゆく話題を楽しむような小説であろうと、予想してのことである。まだ30ページほど読んだだけだが、確かに漱石に似ているようだ。・・・脱線ではなく、心理描写が煩雑、という方向で。

 

そろそろ漱石にも飽きてきた(情けない事だが)。同時並行的に読もうと考えている。

が、最後まで行くかどうか・・・

 

・・・・・・・

 

散歩しやすい時節到来か。

 

 

 

 

『吾輩は猫である』

先ごろ『漱石』とか『出生の秘密』を読んだ序でに、読み始めた。

『猫』を手に取るのは何度目であろうか。

ともかく、この5,6年は手に取っていなかったのではないだろうか。

 

ゆっくりユックリ進んでいる。今第五節が終わりかけているところだ。泥棒に入られ、多々良三平君が現れ、実業家を茶化す話が続いている・・・・。

 

昨日、岸田総理の苦しい答弁を聞いていて(ほんの数分で聞くのを止めてしまったのだが)

・・・このネット時代では、理屈が大きな力を発揮し、ある意味ますます窮屈な時代になってゆくだろうなあ(金まみれ利権まみれと同時進行で)、と感じた。

・・・岸田さんはこのまま逃げ切れるのか。

・・・火はもっと燃え広がってゆくのだろうか。

(今回は、そうそう簡単に火は消せないような気がする。もし今回消せたとしても、次はもっと難しくなるだろう・・・)

・・・ただ、その先には何が待っているのだろうか。

 

猫が書かれたのは日露戦争の最中らしいから、似たような不安の中であったろうか。

 

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今日は9月9日。厄払いの日か

明日は9月10日。十五夜である。

夏が去り、秋も酣と言ったところである。

少し車を走らせたいという気持ちになっている。

ところが、この辺の事はほとんど知らない。

昔は住んでいたのだが、新しい道路が沢山出来て街並みも変わってしまい、

全く別の世界である。知人は皆無。・・・

浦島太郎状態である。

それで、カーナビを久しぶりに使うことにした。

 

一時カーナビの便利さに慣れて

(使い始めたのは阪神淡路大震災の炊き出しの時だった)

カーナビなしでは何処に行くにも不安を感じるようになり

思い切って使うのを止めたのであった。

 

ところが今はカーナビなしには帰ってこれなくなる不安が大きい。

だから自宅を登録しておいて、間違いなく帰ってこれるという安心感がほしい。迷子札のようなものであろうか。

何かなあ。迷子になる不安を持つとは。

 

中古のカーナビを5千円ほどで手に入れた。地図は新しいようである。

これを機会に、『録画中』のステッカーと『高齢者マーク」も購入した。

とにかく、鳥取から見るとここは車が多い。道も狭い。用心要心。

 

因みに、ドライブレコーダーの月間レポート

私の評価は、5月から8月まで77点、80点、75点、77点。

まあまあかな。ただ詳細の項目で、ケータイを使ったことがないのに、感知されていたり、前の車とかなり離れていて、衝突の危険などないのに、危険の警告があったりと、信用はいまいち。ただ、見落としがないようなので安心はできるかも。