何者が何しに?

有名な若手俳優が3人続けて亡くなった・・・黙とう

 

・・・どうも自殺らしい。

あれこれ理由が探されているが・・・

・・・そうなの?

 

・・・切っ掛けは、コロナで仕事がなくなったことだろう。

俳優というのは、仮面をかぶって、他人に成りすますこと。

有名な俳優だったということは、それが巧みであったのだろう。

仕事がないということは、仮面を脱ぎ、自分に戻り、自分でいるということ。

しかし、大半の時間を他人に成りすますことで過ごして来たら、短時間なら息抜きのようなものであろうが、長時間となると、自分でいるのはそうとう難しいかもしれない。

 

坐禅のようなものではないのか

 

日々忙しく動き回っている人間が、すべての動きを止めて、坐る。最初は、五感の働きが新鮮だが・・・やがて苦痛になる。・・・

 

一生坐禅ということになると、何のために生きているのか、分からなくなる。

そこから日常を発見するのは、人さまざまだが、すこし時間が掛かる。

 

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思春期に、オレは何者、何のために生きているの?と思わ(問わ)なかった人は少ないだろう。

その疑問を抜け出して、社会の中で、自分の仕事を見つけ、生活する。

言い方を変えれば、混沌(まだ子ども)が目鼻を穿つ(やりたいことを見つける)ようなことだ。混沌が死に、人が生きる。

・・・

退職し、家にいるようになると、誰もが戸惑う。

 

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これがそうだというのではない。私は、こんなことを感じたのである。

 

自分でブログを書きはじめたときに、何か虚像になりすまそうか、と思った、でも、それは難しかった。自分に似ているが少し違う、ま、そんなところである。

そういうことを考える時、全く別人になりすます俳優は、特殊な才能に違いない、と感じた。それを演じるのは、誰かに見られているから、だろう。

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私事

もう2か月ほど前の事である。将棋の先生のKさんが、2、3日前の事を話してくれた。

「トンネルに入ってすぐに突然、ライトが消えエンジンが止まってしまい、大変だった。連絡しようにも車のそばを離れられないし・・・(三角表示板を積んでいない)(携帯も持っていない)・・・如何しようかと困っているところに知人が通りかかって停まってくれて助かった」

 

トンネルの入り口付近は上り坂になっている。アクセルを吹かしてライトを点けたところで、電気系統がダウンしてしまったのである。中古だと電気系統は危うい。特にここは海に近いから。

 

しかし大したことがなくてよかったね

ということで話は済んだのだが、

私の車も、彼のに劣らず古いからなあ。何時何が起こってもおかしくない。

 

・・・じつは、電気系統の不具合ではボクにも経験がある。5年前、引っ越しの荷物をたくさん積んでいた時に、上り坂で突然スピードダウンして、あわてて走行車線からトラックレーンへ移動した。スピードはダウンし続け、結局40キロ以下ぐらいまで落ちてしまった。止まるかと思えるほどであった。

後で修理に出したら、3気筒のうちの一つがプラグではなく電気系統が原因で点火しなかったという。

 

少し年式の新しいのに買い替えようか・・・と思って、それとなく周りの車に注意していると、ホンダのNbox,ダイハツTanto,スズキSpeciaがやたらと多い。

これらの新しいものにはどれも衝突防止装置が付けられている。決して安くはない。勿論誰もが新車に乗っているのではないだろうが、このごろ新車が多いように見える。

 

年寄りにそんなにお金が余っているとは思えないので、無理して買っているのだろうと思う。年寄りは皆それとなく、安全性に気にかけるようになってきているということだろう。あるいは子供たちが気にして買い替えさせているのか・・・

 

私はそういう新しい軽を買う余裕はないのだけれど、まだメーカー保証のついているか、切れた直後ぐらいの車に乗ったほうが安心していられる。お金よりも安心が大切になってきた。(それは自信がなくなってきた裏返しであろう)

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実は、もう長距離ドライブは卒業しようかと迷っていた。2年前(去年?)渋滞で接触事故(軽く触れただけで双方とも修理は必要なかった)を起こしたショックが大きかった。

 

12時間(休憩込み)走るのはもう止めた方がいい。何処かで気が緩む。と感じた。

 

そういう時に、コロナ騒ぎが起こり、公共交通機関に長時間乗るのは暫くは、止めた方がいいと思うようになった。(私には軽い気管支炎がある)

 

それで、今乗っている車に何の不足も感じていない(むしろ愛着を覚えているのだ)が、親の墓参りに、少なくとも年に二回ほど行きたいので(それもあと数えるほどの事だろうが)

やはり新しい中古を買うことにした。故障の不安なしに走れて

寝袋を積んでいって、途中で2、3時間仮眠が取れる室内の広さが欲しい。

・・・値は一桁下ということで。

 

(・・・途中で宿に一泊するのも考えたけれども、これもコロナ騒ぎで保留である)

 

杞憂かもしれない。まだまだいけるゾ、と思いたい気持ちと相半ばするのだが、

・・・私は案外小心者らしい。

 

 

『心事』

昨日何気なく、心事と書いた。その後考えてみれば

私は「心の事」のような意味で使っていた。しかし、「心の事」とはどういう事か

また、「心と事」とも言える。・・・

いつの間にか、慶喜さんを離れて、「心事」という言葉の周りを歩き始めた。

陶淵明など、ずいぶん似ている。書いた詩もほとんど心事ではないか・・・

漢詩は心事を描きやすいということか

いや。一切は事である様でいて実は心の顕われであるから、・・・

事を描いているようで実は心を表現しているのかもしれない

 

何しろ見ている対象は事のようでいて、心であるとは自明の事ではないか

 

そう考えてくると、司馬遼太郎は何を書きたかったのか

水戸学の「縛り」だろうか。

見方によっては、ついこの間まで日本は「水戸学に縛られていた」とも言えなくはない

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ま。面白ければいいではないか。とも思う。

 

本能を忘れかけて、代わりに、「一神教的」な何かを掴んでしまう・・・

なんとも、面倒な生き物だなあ、ヒトというのは。

 

・・・・・・・

 

心はどんな微細なところでもどんな広大なところでも自在に駆けることが出来る

人に分かってもらおうと思えば論理の筋を通さなければならないが・・・

 

・・・・・・・

 

司馬遼太郎の関心は「将軍になるところから将軍を降りるまで」だったのだろう。

だから将軍を降りた後の「徳川慶喜」にはさほど紙面を割いていない。

しかし、ヒトは棺に蓋をするところまで、元将軍だから・・・

元将軍に関連しないことは削ぎ落した。

 

ボクは、清水の次郎長慶喜さんにあったことがあるのだろうか、なにしろ自転車で走り回っていたというし・・・

とか、そういう瑣事が好きなのだが・・・それは山田風太郎の領分かな

でも、本筋を逸脱するのも悪くないのでは。

 

「恐れ多くて」出来ないかな。

 

 

 

『最後の将軍』感想

何か書きたいような気持が起こってきた。

・・・高橋泥舟(槍の泥舟)は、何処かで出てくるだろうと期待していたのだが、何処にも出てこない・・・勝海舟もあれだけか?・・・

 

・・・・そぎ落とすだけ削ぎ落して、水戸で育った”徳川慶喜の心事”を描こうとしたのかもしれない。それでも、最初の予想を越える長さになってしまった!・・・が、何か書き落としてはいないか・・・

あとがきはそういうことかな

 

勝海舟については、ずいぶん昔に何冊か読んだことがある。江戸城を出て、静岡に帰ってからの苦労話も・・・山田風太郎の書いたものでもあったろうか・・・そこに、愚痴ではないが、殿さまにも少しは遠慮してほしい、というような気持ちが、愚痴がこぼされていたような記憶がある。

 

まあ。いろんな立場の人が、負け戦の後では、沈黙を強いられる。飲み込んだ気持ちも表には出ない、出せない。

今度の大戦でも、墓場まで持っていかれたことが大半だろう・・・あと50年もして、影響を受ける人が少なくなれば、ぼつぼつ本音が書かれるようになるだろうか・・・今出てきているのはそうとうバイアスがかかっているものばかりのような気がする。

・・・案外、東条さんも慶喜さんと似ているかもしれないなあ。ボクなど何も知らないから、東条さんはずいぶん軽いように感じているのだが・・・山本司令長官が100日なら頑張れると言ったなら、それ以降は、負け戦は分かっていただろうから

 

慶喜の心事では、外国の事がほとんど出てこない。フランスのナポレオン3世が好きだったということぐらいか・・・大義名分や、後の世の評価が、一番大問題だった・・・そうだろうなあ。儒教思想の中で育ったのだから。

それでなければ、死後に付ける戒名など3文の値打ちもない。(だから今値打ちが下がってきている)

 

・・・・・・・

 

まだまだ、あれこれとバラバラな感想が沸いて出るが、ここまでということで。

 

 

 

 

 

 

 

 

『最後の将軍』

司馬遼太郎。(文芸春秋社

 

本のリサイクル市で貰った。将棋相手のKさんが歴史好きなのを思い出して、何冊か選んだ。ボクは小説はあまり読んでいないので、図書館の係り員にも選んでもらった。4冊ほど。

 

最後の将軍、読んでいないので、どんな本なのか(一応水戸育ちなので)読み始めたら、面白くて・・・

明日将棋をする予定なので、今日までに読まないと・・・頑張って、先ほど読み終えた。

 

・・・隠居することになったのが33歳か・・・頭が下がりますね

 

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どう書くか。考えると面白そうだが・・・やはり才能なのだろうなあ

 

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今日は、近くの公園の駐車場は、車であふれかえっていた。久しぶりの事だ。

子どもたち(ちいさい)が、走り回って、楽しそうである。

 

今は、彼岸花が真っ盛り。ススキが目立つようになってきている。

松の枯れたのが目立つ。こういうのは数年ぶりだろうか。近づいてみていたら、足元に、キノコが点々と・・・キノコの時期でもある。

 

 

本のリサイクル市

今日は散歩の途中買い物をするつもりはないし、気温の具合も歩きやすそうなので、図書館に立ち寄ることにした・・・そこで、リサイクル市にぶつかることは予想していなかった。

 

沢山本が並べてあるのに、見ている人は一人だけなので、私もゆっくり見させてもらうことにした。名前を記入し、検温し・・・

 

図書館の蔵書の中から、長い間読み手の現れないような本が並んでいた。『除籍』印が押してある。

誰にも貰ってもらえないと、どうなるのだろうか

 

豪華版 日本現代文学全集 2 幸田露伴集  (講談社

昭和50年

ページを繰ってみたらパリパリ音がする。誰も開いたことがないのである。

確かに、小さな文字で見にくいが・・・

貰って帰った。

他の本と合わせて10冊ほど。もっと貰ってくださいな、と言われたが、置いておく場所がない。

 

幸田露伴著作権が切れてから久しいので、「青空文庫」で読める作品も多いのだが。ちょっと寂しい。

 

預かっておいてもらって、車を取りに帰った。車の中で思ったことである:ボクの世代とともに、紙の本は廃れてしまうのかもしれないね。

 

『華氏496度』だったかな。いまはむかし。紙の燃える温度で、”焚書”を表現した映画があったが、何を図らんかな。自然に読み手がいなくなってしまう時代が来るとは。

 

最初に反省

昨日はちょっと大人げなかったかもしれません。

『侵略者が何を言うか』というような、自分が「侵略される側」のような、感情が沸き起こってしまった。・・・侵略される側は・・・たまらない。

 

「トルデシジャス」もそうだ。侵略側が勝手に領分を分け取りする約束をして、宣教師を送り込んで、裏切り者を作って手引きをさせようとする・・・自然に、感情的になる自分が其処にいた。「ま。義を見てせざるは勇なきなり」とでも言うのであろうか。勿論何もできなかったし、しなかったのであるが。

このとき、「裏切り者」として白羽の矢を立てられた人々は、ちょっとかわいそうであるが・・・大抵純朴で心の優しい者が生贄だ・・・

 

『SF』の世界で、侵略者は大抵喜んで迎えられるということはない。A・C・クラークのSFには、喜んで迎えられるものがあったな。・・・侵略者が、芸術が分からないで寂しがるというような・・・逆手に取ったものであった。

 

大抵は、圧倒的に強力な侵略者から、隙を突いて盗みでも何でもアリで、それこそ、敵のお人よしをだまし・・・ま。紳士的ではない。

 

騙しあいの世界だ。・・・世界がそうだと思い込んでいるのだろうか・・・?

日本は、戦艦のような島国だから安全で、長い間騙し合いとは無縁だったから、卑怯な!と思うのだが、騙し合いが世界標準なのかもしれない。

 

ま。今の人たちは、論争好きに教育されてきているようだから、ボクたち年寄りとは違う感想があるのだろうとは思うが。

 

嵩にかかって論争を仕掛けられているようなのは、ちょっとね。

感情的になっては、思うツボだろうね。反省

 

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クールベさんの絵画を眺めていると、裸体画が凄く多い。これは、彼が、もてはやされて、肖像画をたくさん書くようになりお金も沢山稼ぎ出すようになって、女性との付き合いが派手になった結果らしい。

もともと型にはまらない作風だった。美しいとは思わないが、圧倒的な存在感というか、重量感が感じられる。ま、そういうのが美しいのだ、と主張しているのかもしれないが。

私は「ハンモック」というのが気に入ったのであったが。たしか画集の表紙などにもなっている、クールベさんの代表作なのかもしれない・・・あるいは日本人好みなのか。

樹の間に吊るしたハンモックの上で少女が微睡んでいる。余りの重さに、大木もハンモックも苦しそう。という感じだ。もろに重力を感じさせる。

 

ここで「クールベさん」と書いたのは、「こんにちは、クールベさん」という作品も、かれの反り返るような自信が感じられて、面白いからである。

 

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朝、寒くて目が覚めるようになりましたね。もう、お彼岸ですものね