近代国家の出発

明治憲法の発布のところまで来た。ここまで来るのはなかなか大変だった。

狡兎死して良狗煮らるではないが、政敵がつぎつぎ脱落して・・・

どれだけの犠牲のうえに・・・

 

秩父困民党事件(明治17 1884)のことは、四国お遍路をしようとしていた頃、いろんな霊場を回った人から、秩父音霊場巡りをしたときの話を聞き、そのとき、困民党事件の時の鉄砲跡などが残っているというような話を聞いたのだった。

ボク自身は霊場巡りをしようと思っていたというより、歩きながら考えたいと思っていたので、何処にどういういわれがあるとかということに関心は全くなかった。だから、四国お遍路途中で、一遍上人ゆかりの地を歩こうということも考えなかったし・・・あの時から、40年近く過ぎたのだが、ボクは今日まで困民党事件の経過を知らなかった。・・・

・・・行き詰ってどうしていいか分からないままに、黙々と歩いたのであった。

この本を読みながら、そういう、本の内容とは何の関係もない、個人的なことを思い出した。ほんと、一寸先が見えないような・・・それでも、食って寝て、やることをやっていることに気づくのはもう少し後(数年後)のことであった。

 

・・・・・・・

 

この本も、今日で読み終えるかな・・・なかなか勉強になった。先人に脱帽です

 

 

 

 

 

梅雨入り

ずいぶん早い梅雨入りである。しかし、このジメジメした感じは確かにそう思わせる。

 

『日本の歴史21 近代国家の出発』を読み継ぐことになった。

自由民権運動の盛り上がりから、政府の弾圧、国家財産の国有化(天皇の財産へ)などなど、を読んでいると、当時の人たちの考えかたは、今とは大きく違うことが良くわかる。当時の政権側の人たち、足軽とか下級武士だった人が大半だろうと思うが、どうやら負けた奴は奴隷以下、と思っていたのではないだろうか。また、百姓町人は人にあらずと。ずいぶん酷いことをしている。生かさず殺さずより酷いのでは・・・

山田風太郎の北海道開拓をテーマにした本を読んだときには、完全なフィクションを読まされていると思ったのだが・・・あれ以上だったのかもしれない。

 

漫画で、「北斗の拳」というのが、昔あった(今はパチンコ屋の看板によくあるようだが)。あれも、酷い世界だなあ、と思ったものだが、明治辺りは似ているようだ。

 

・・・権力から遠いところに居るので、知らないだけなのかもしれないね。

・・・今も、権力に近づけば似ているのかも、ね

 

明治維新からしばらくは、裏側まで露骨に見えてしまった稀有な時代だったのかもしれません。なりふりに構っていられないようなところがあった。

命さえ失わなければ手足の一本ぐらい失ってもいいということだったのでしょう。

手足としては(私など当時生きていれば明らかにそうですから)堪らないですね。

 

 

 

 

『ひねくれ一茶』など

まだ100pあまり。あまり進まない。

眼のつけどころがこんなに違うんだなあ、と思いながら読み進んでいる。

たとえば、食いものの話がちょくちょく出てくる。たしかに裕福なところを回って俳句を教えていたのだから、当時の人はどんなものを食べて美味いと思っていたかは興味がある。

女の話がかなり出てくる。会話、雑談が長い。掛け合い漫才のような会話。独白は少ない。

 

二人の作家に共通するところが、資料があり動かせないところなのだろう。あとは、創作ということだろうか。・・・たしかに、お笑い芸人のようなところがないと、人の家を渡り歩くというのはだんだん苦痛になってくるだろうなあ・・・藤沢周平の一茶にはそんなところが少し感じられた・・・

 

・・・・・・・

 

散歩の好時節。つい調子に乗って歩きすぎたようだ。脚の筋を傷めた。2,3日休む必要がある。・・・

読書が進むかな

 

・・・・・・・・

 

『ひねくれ一茶』挫折しそうです。・・・多分。いま167pですが、もう読まないでしょう。

・・・やはりフィーリングが合わないとどうにもなりませんね。

 

 

 

 

 

田辺聖子『ひねくれ一茶』(講談社文庫)

を読み始めた。

分厚い本である。643p

藤沢周平の『一茶』が380pだったから、1.5倍。

落語を聞いているような感じと言ったらいいか

文章の中に、ふんだんに一茶の句が挿入されている・・・

私は田辺聖子氏の本は初めてである。

慣れるのにすこし掛かりそうである。

 

・・・・・・・

 

4月中旬にニトロを含んでから、体調は落ち着いている。

それまでは、なんらかの不安材料が感じられていたのだが。

ニトロを口にするのも2回となると、それなりに会得するところがあり、

つまらぬことで心配をしなくなるということかもしれない。

 

先生は、飲んで効くときと効かない時がある。効いた時のことはよく覚えていた方が良い、といわれる。

痛いと言っても、病気に起因する痛みではない、そういう時には、効かないということらしい。・・・最初はそれが分からない。区別できない。二回服用することで、二回とも効いたということで・・・今、それが何となく分かりかけてきたということであろう。

 

分かってきたので、頭が雑音を(区別し)消している、ということではないかと思うのである。・・・そういえば、もうカテーテル検査を受けてから3か月になる。

3か月というのは、雑音とそうでないものを振り分けるには丁度いい長さのような気がする。

 

一日6グラムの塩分というのも・・・何を買うにも、栄養成分表を見る癖が付いてきた・・・多分守れている。一日一日では分からないが、一週間の平均は、6グラムをクリアできていると思う。

 

そういうものだ、と受け入れるには、3か月ぐらいかかるということであろうか

随分と狼狽えたな、と苦笑するが・・・

 

 

 

 

藤沢周平『一茶』

読みました。

 

露光は、著者の創造した人物のようです。しかし、いかにも、という感じです。

一茶には空白の10年があるようです。その間、彼が何をしていたのか、調べても分からない。そこで、露光という、いかにも在りそうな人物が登場した。

 

「おらが春」というのは、最初の子供が生まれた時の句、のようですね

 

這え笑えふたつになるぞ今朝からは

めでたさも中ぐらいなりおらが春

 

しかし、その中ぐらいの幸せも長続きしない。

 

・・・・・・・

 

一茶は、田辺聖子女史も書いているようだ。読んでみようと思う。

田辺聖子といえば、私が神戸に居たころ、友人が飲みに行っていたところで彼女に何回か会ったと話していた。私は、勿論会ったことはない。まず飲みに行かない。

 

藤沢周平の一茶は、ちょっと暗すぎるように感じる。こんな闇を抱えていたのだろうか、というところがあり、もう一つ別の人の書いたものを、読んでみようと思うのである。

 

一茶の書き残したものを読んでみるのも面白いかもしれない。

当時の俳壇に対しての一茶の感想は、さもありなんと思う。これも藤沢周平の創作なのだろうか、と、気になる。

 

・・・ボクには、この作品からは、藤沢周平の肉声が聞こえてくるような気がするのだが・・・

彼が直木賞をとったのが昭和48年、この作品が発表されたのが昭和53年。初期の作品である。

 

・・・・・・

 

 

 

 

『一茶』

藤沢周平 (文春文庫)

 

半分をすこし過ぎたところである。知人の露光が野垂れ死にをし、いよいよ自分の身の振り方を真剣に考えなければならなくなってくる。

 

露光というのは、御家人であったが、家を出て、俳諧師としてそれこそ徘徊して路傍に倒れた。立派な構えの家があり、美人の奥さんが居たらしいが、そこを飛び出して、戻らなかった。訳アリなのだ・・・

 

一茶は農家の出だが怠け者で、家に居られなくなり、江戸に奉公に出される。しかし、長続きせず、紆余曲折はあるが、俳諧師の道に入る。そのきっかけとなったのが露光である。一茶の才能に最初に気づいた人である。

 

野垂れ死にはしたくない。父が残した証文をもって、弟と争い、遺産相続(折半)を勝ち取るか・・・しかし、修羅場になるだろうなあ・・・やりたくないが、野垂れ死にもしたくない、江戸にいつまでも居るのは難しい・・・江戸に出て30年余り過ぎての感想である。

 

一茶は、たしか学生の時、「おらが春」が代表作と習ったが・・・いまのところ、キビシイ冬のような生き方である。

秋寒むや行先々は人の家

木つつきの死ねとて敲く柱哉

 

確か藤沢周平が『暗殺の年輪』で直木賞をとったのが、この50を目前にした一茶と同じ年ごろではなかったか

 

・・・・・

 

新型コロナウイルスワクチン無料接種券が先日送られてきた。ボクは、そのまま放置していたが、昨日散歩の途中で出合った知人は、

早速ネットで申し込もうとしたのだが、上手くできなかった。それでかかりつけの医者に電話したら、もう7月いっぱいまで予約が入っています、という応えであった。

と話していた。

まだ接種券が送られてきて2,3日なのだが・・・電話が殺到したのか、その医院の割り当てが少ないのか・・・

・・・動いてみれば、予約はともかく、話題にはなるな。年取ると、話のタネがすくなくなる。

これは格好の話題だ、ということなのかな

 

もう半そででもいいくらい。春というより、夏、初夏であろうか