想像力かあ

お風呂のカレンダーの今日の言葉「想像力は知識よりも大切」

ボクは想像力はきわめて貧弱なのだが・・・・。

 

このカレンダーの言葉は、特定の誰か著名人の吐いた言葉ではあるまい。

多くの人が思っていることに違いない。すると、多分、これは進化の方向でもある。

想像力が少しでも発達している人が、進化上、少し得をしてきた。・・・

ちょっとでも≪先を読む≫ためには、必要かもしれない。・・・

でも、想像力というのはかなり危ういものでもあり、命を縮めることもあり得る。

眼が錯視を引き起こすように。

いま流行りの「陰謀論」などは、その危うい方かもしれない。

 

陶淵明伝』読み終わった。実にえがった。陶淵明に関心のある人は一度は目を通すべき本のように感じた。

私は20代の時に何度か目を通したのだが、その素晴らしさが分からずに終った。何度も読んだのは、漢詩そのものがよく理解できなかったのと、吉川さんの言われることがよく分からなかったのと、二つだったように思う。

吉川氏は、想像力旺盛で、いわゆる≪行間を読む≫のに長けている。それは中国文学に対する豊富な知識に裏付けられているのだろう。悲しいかな、そういうモノのないワタシは、読んでいても話がよく見えなかったのであった。

 

漢詩の読み下し文や現代語訳を読んでも、よく分からない。それで、陶淵明を読んだ後にも、漢詩にハマってしまった(分からないということほど面白くないことはない。ちょっとでも分かりたい)ようなところがあり、

いろいろと読んだ。しかし、所詮は、一般教養のない悲しさ、≪行間を読む≫ところまでは行かなかった。

 

・・・・

 

想像力の発達が、「あの世」を生み出したのかも知れない。・・・心臓の調子が悪くなり、‹死›というものを意識するようになったからであろうか、よく‹夢›を見るようになってきた。いままで夢などあまり見たことがなかったのに・・・。

あまりいい夢ではない。うなされる程ではないが・・・後悔するようなことが少し変形されて出てくる。忘れていたことである。・・・あの世で故人に再会するなら、覚えていなければならないことどもである。

 

「想像力」は、まあ、進化途上手に入れてしまった能力なのであろうが・・・

 

 

久しぶりに知人に出会う

昨日、散歩の途中でスーパーに立ち寄った。摺りごまを切らしてしまったので、朝のお粥が味気なくて、雨の合間を縫って出かけたのである。

日曜日なので、レジが込み合っていて、並んで待っている合間に、辺りを見るともなく見ていたら、隣のレジで斜め前に並んでいる人が、どうやら知っている人のようである。もう2年ほどもあっていない。

声を掛けたら、やはりその人であった。

レジを出てから、立ち話をしていたら、近況のことになり、年寄りだから自然に健康の話になった。自分は狭心症になりニトロを持ち歩いていると言ったら、彼もそうだという。

すこし詳しく聞いたところ、一年半ほど前、起きたら片目が見えない。他に異状はないのだが、片方の目が見えない。それですぐに(彼は夜型人間であるから起きるのは遅い)

掛かりつけの医者にいったら、 脳梗塞ですね、と言われたという。それで総合病院を紹介されて・・・

立ち話が長くなりそうなので、適当なところで切り上げたのだが・・・

 

彼もたしか、今年か去年かに70の坂に差し掛かったはずである。

彼もニトロを持たされているようだ。確か彼の奥さんも、数年前、不整脈があると言っていたのではなかったか・・・

 

たったこれだけのことで一般化に飛びつくのは馬鹿げているが、知人のMさんもそうだし、近所のあの人もそうだし・・・不整脈とか狭心症とか心房細動とかは、そうとう多いのではないだろうか。70を越えると、20パーセントぐらいは居るかもしれないなあ・・・こんなにあの人もあの人もとはなあ

 

外見はちっとも変わらない元気な姿であったが・・・

もう無理は利かない。

 

そのうち今度は連絡して会うことになろう。その時は、お互いの体調の話のなるのだろうなあ・・・・

・・・会いたいような会いたくないような・・・

 

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まだ体調が完全には戻っていない。もう根を詰めてはいけないのかも。

なにごともほどほどにほじゃらほにはんくきつりょりょうはんそもこ。

(まじない)

 

 

 

昨日は本当に疲れました

生きているのが辛い、といっては大げさかもしれないが。

起きているのが難しかった。

身体が怠くて、頭も働かない。濡れ雑巾のようにだらしなく・・・

こういうことが、急に起こる。

同年代の人が山登りをしているなどと聞くと、まあ、別世界の住人の話のようだ。

年を取るにつれて、個人差のばらつきは大きくなるわけだから、自分を基準には出来ないのは分かっているけれど。

 

首筋から肩にかけて、ラブを擦りこんで、ひたすら休んでいた。寝る前にももう一度擦りこんだ。

おかげで、今朝はなんとかいつものような体調に戻っている。

夜一度だけ、胸が苦しくて、寝床の中で起き上がって数分じっとしていたが、何事もなく、やり過ごしたという感じであった。

 

ま。だましだまし、ほどほどに。というところである。

 

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杜甫」はすこし変わっていたのではないか。天才にありがちな・・・

陶淵明はきわめて常識人、のように思っていたのだが、彼のこだわりも、尋常ではないような。ああいう過渡的な、流動的な時代には、固窮の節に拘るというのは、簡単なようでいて至難なのかもしれない。誰もが刹那的な快楽に溺れるような中で、ひとり禁欲的であるようなものだから。

杜甫は、それではなく、別なビジョンを見ていたのだろうか・・・

いずれにしても、サイの角のように、ひとり歩くというイメージであろうか。

群れることが出来ない。しかし、対話はしたい(わかってほしい)、そこに詩があると・・・

 

・・・二人とも、自分の何か大事なものに気づくのは、40前後の頃である。それまでは人の中で頑張ろうとする。だが、それが性に合わない。そこの苦しみを乗り越えるのに相当時間もエネルギーも使う。・・・

今の時代でも、同じことだろう。自分の持ち味に気づくのは、長い葛藤の後であろう。

嚢中の錐のように、ときどき姿を見せるのだが、気づくのはかなり後である。

 

・・・・・・・

 

今日は、天気は悪そうだが、間を見て、散歩したいな。2日休んでしまった。

 

 

 

 

やはり歯が痛くなりました

根を詰めて作業をしたので、或いは、と思いましたが、今朝起きたら、案の定です。

仕方ないですね。

鎮痛剤を飲んで、今日も作業を続けましたが・・・1時間半ほどで止めました。

無理することは何もない。

 

それにしても、下絵を描いても、なかなか立体像がイメージできないものですね。これは訓練の欠如ということなのかもしれませんが、あるいは、先天的なものなのかもしれません。私は仕事柄、お地蔵さんは見慣れている筈なのですが・・・

 

・・・・・・

 

杜甫の詩」以前は好きになれなかったのでしたが、今回は、何とか読み続けています。吉川先生のおかげです。

何故好きになれなかったかと言えば、その第一は分らない漢字が多すぎる、典拠が分からない、ということだったかと。

先生の『私記』などを読んでいると、その時の様子とか典故についても親切な説明があり、作品の意図が手に取るように分かり・・・詩も分かった気になるのですね。

 

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今日はこれから休息です。

 

 

 

 

今日は彫刻三昧

何時間刻んでいたのだろうか

何時間、テキストと彫っている木材を、あっちからこっちから眺めていたことだろうか

散歩にも行かなかった。

 

肩が凝ってきたようなので、止めた。

 

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彫りかけのお地蔵さんと使っている彫刻刀

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彫りかけのお地蔵さん

こんなにハマるとは思っていなかった。

彫刻の講習 2回目

先生は、みんなが次々相談に行くので忙しそうでした。

ボクは、合間を見つけることが出来ず、結局先生には相談できませんでした。それで、自分の判断で、地蔵菩薩の制作に取り掛かりました。

 

材料の木に下絵を描くのに必要なので、33㎝に10の目盛りが打ってある、昔ながらの定規を買いました。曲尺という。一寸とか二寸とかいう目盛りの・・・㎝の定規で計れないことはないのですが、ちょっと面倒ですので。

 

また、ちいさなノコギリも買いました。

これも、キワ刀だけで削りだせないことはないが、能率が上がらないし、説明文に沿って作業を進めていく方が簡単なように思います。なにしろ初心者ですから。

 

ノコギリを入れると、クスノキを使っているのですが、ずいぶんいい匂いです。

クスノキの色はあまりいいとはいえない。色はヒノキがいいですね。匂いもいいはずです。

 

ノミのように使う、大きめの丸刀も注文しました。これをノコギリの後に使い、大雑把な形を切り出す。

 

多分お地蔵さんはこれで行けると思うのですが・・・。

随分道具も増えてきました。・・・ノコギリで切ったり、彫刻刀で削ったりしていると、下絵がどんどん消えて行ってしまうのですが、ある程度の所で、消えた線を書き直さなければならない。どういうことになるか・・・最初の絵から少しづつずれていくようにも思います。

このための道具もあるはずなのですが、ゆくゆくはそれも必要かもしれません。今は無くてもいいように思います。

 

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そうそう。今日は新人が一人入ってきました。また、見学させてほしいという人が見えました。会館の下の階でお花の展示会が開かれていましたので、その流れで見学に来られたのか・・・お友達がいたのかも知れないですね。

 

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『幕末動乱の男たち』彫刻の講習を受けに行く往復の汽車の中で読んだ。

今日は当番(準備)に当たっていたので、すこし早く出かけなければならなかった。通勤時間と重なるかもしれないので、車を使うのは止めました。通勤時間帯の車の動きは少し違うので、流れを乱したくないという気持ちがあります。

 

平野国臣』の項読み終えた。海音寺潮五郎は、平野さんが好きな様ですね、どうも。私も、好きになりました。実に爽やかな人ですね。

『清川八郎』に入りました。海音寺潮五郎は、清川さんが嫌いな様ですね、どうも。ハッキリそう書いたところがあります。

私は好きなのですがね。ちょっと張ったり屋さんのような気はしますが。

 

・・・・・・・

 

今日は暑かったですね。風は爽やかなのですが、陽ざしがきつかった。

これから数日はこんな天気でしょうか・・・

 

 

 

 

やはり予想通りの展開ですね

ペルーの選挙のことです。

ケイコさんは、今まで選挙のたびに、トップでありながら過半数に達せず、決選投票になっていた。決選投票では、いつも負けてしまった。

今回は、次点で決選投票に臨んでいる。

そして、ケイコさんが浮動票のほとんどを集めている・・・。

お父さんの政敵であったバスカル・リョサノーベル賞作家)が、今回一生懸命にケイコさんを応援していたのが印象的でした。民主主義の危機であると。

 

海外に出ている人の集計待ちになりました。

 

6年前、私がリマに滞在していた時に、リマを見ていると先進国と言ってもいいような気がする、と、確か日本人で現地生活が長い人が言っていた。

ボクは、リマの郊外、コマス地区というところに住んでいた。ゴミ収集者のストがあった時など、一か月以上生活ごみが収集されないで、町にゴミが溢れてその臭いなどに困った(道路の真ん中でごみの焼却をしている人も居た)記憶が鮮明で、地域格差が大きく、様々な問題を抱えているのだろうと思った。停電や断水もしょっちゅうだったな。

 

旅行者ですから、政治の問題にはあまり関心を持たないようにしていたが、見えるものは見える。

そんなこんなことどもが思い出されます。

 

・・・共産主義者が大統領になるかもしれないのですね。

 

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《花菱文様》

明日は、第二回目の講習です。とりあえず、完成しました。これを見てもらって、指導を受け、もう少し続けるか、地蔵菩薩のほうに移るか、考えることになります。

 

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花菱文様

最初は刻むところを間違い・・・次は切込みが深いところと浅いところと、ばらつきが大きかった。三個目は、全体を浅く心がけたのだが、上手く彫れなかった。最後は、やはり上手くいかなかった。

それでも、刀の持ち方、使い方はかなり分かってきたように思う。

 

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陶淵明伝』面白い。何度か読んでいるのだが、若い時だったから、まだ詩集そのものをあまり読んでいなかったので、いまひとつ、よく理解できなかったのだが、今回は面白い。暗記するほどではないが、作品をだいたい覚えているので、吉川先生の書いておられることが、よくわかる。