『荘子』第二 斉物論篇 より 2

少し別の角度から考え続ける。

【ひとたび人間としての形を受けた以上は、これを滅ぼすことなく、命の果てる日まで待つほかはない。それにもかかわらず、世の人は、あるいは物に逆らいつつ、あるいは物になびき従いつつ、その人生を駆け足のように走り抜け、これをとどめるすべを知らないのは、あわれというほかはないではないか。

その生涯をあくせくと労苦のうちにすごしながら、しかもその成功を見ることもなく、ぼうぜんとして疲れはて、人生のゆくえも知らずにいるのは、あわれというも愚かではないか。このようなありさまで生きているのは、たとえ他人が「お前はまだ死んでいないよ」といってくれたとしても、それが何の役にたつであろう。その身体が滅びるとともに、その心もまた同時に滅びるほかはない。これを大きな悲しみといわずにいられるであろうか。

この世に生きる人びとは、すべてこのような惑いのうちにあるのであろうか。それとも私だけが惑いのうちにあって、他の人のうちには惑わないものがあるというのであろうか。

 

もし、自分に自然にそなわっている心に従い、これをわが師とするならば、だれでも自分の師をもたないものはないことになる。この師は自然にそなわるものであり、あれこれと、これに代わるものを捜したすえに、自分の心が選び取ったわけのものではない。だから、この心の師は、どんな愚かものでもこれを心にそなえているのである。

ところが、この自然にそなわる心を師としないで、いたずらに是非の判断をするものは、たとえば「今日、越の国に旅立つのは、昨日、越の国に到着したのと同じである」といった詭弁を、もてあそぶことになる。これは、ありえないことをあるとするものである。ありえないことをあるとするものには、たとえ神にひとしい知恵をもつ禹王でも、手の施しようがないであろう。まして私の手に負えるはずがない。】p35~38

 

荘子の時代には、詭弁を弄ぶものが居て、本末転倒の議論などが横行して、惑わされることが多かったようである。(荘子も外篇や雑篇には、無理筋の議論があるように思います。)

 

話しは、ここから「ことば」の問題の方に移っていく。それは次回に。

 

なかなかまっすぐに話が進まないので、分かりにくいのだが、しかし、曲がりくねった道を、まっすぐ歩こうとすれば、そういうことになる。

荘子は開拓者なので、彼のまえにはけもの道のようなものしかないのであろう。

後の世の者が俯瞰して、曲がりくねっている、といっても、荘子には、かかわりのないことでありましょう。

今は、荘子の後を追うばかりです。