フリーズ

Windows10はよくフリーズすると言われているが、私は幸いにも、いままでそういうことがなかった。しかし、ここにきて、フリーズした。

 

中古パソコン(Windows7)を使っているので、演算速度が遅く、なかなか立ち上がらないなどということには慣れっこであったが・・・まったく動かないのには参った。

 

けさ、ドラマを見ている最中に、明日の葬儀の受付があることを思い出し、パソコンをスリープ状態にして、近所の公民館まで香典をもって出かけた。

戻ってドラマの続きを見ようとしたら、パソコンが動かない。うんでもすんでもない。仕方ないので強制終了をしたのだが・・・強制終了できない。

スイッチが入った状態、つまりスリープ状態になっている。

そこでスイッチを入れても、止まった画面に戻るだけである。

 

困った。・・・仕方ない。・・・WiFiの接続を切る。そしたら、スイッチが入った状態から、完全に切れた状態になるはず。・・・

・・・それで、スイッチを入れたら、無事動き出した。やれやれである。

 

・・・強制終了はしたくなかった。もう随分古い機械だから。

 

・・・あとで考えるに、最初にWiFiの接続を切れば、それで動き出したのではないだろうか。・・・もう試すことは出来ないが、多分そうではないかと思う。

 

よく姉に、あんたはパソコンの無免許運転のようなものだから(少なくとも私は20数年前に使い始める前に、詳しい人に2か月ぐらい教えてもらった)・・・と言っていたが、私も似たようなものである。

今の機械については、私も姉と同じで何も分からないでただ使わせてもらっているだけである。一度、平常運転から逸れると、どうしてよいか分からない・・・

 

そうそう。20年前は、パソコンがよくフリーズした。どうにもならなくなると、先生に来てもらい直してもらっていたっけ。忘れていた。

 

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『中国人の論理学』やはり、毛沢東の時代の話になったら、よくわからなくなってきた。当時分からなかったことが、いま分かるはずもないと思いながら、字面を追っている。

 

小雨交じりの中を散歩した。

 

 

 

 

『中国人の論理学』(中公新書)

加地伸行

 

1977年に(吉川先生の著書と)同じ時期に読んでいる。

 

大半の本は処分してしまったはずなのに書棚に残っているということは、もう一度読みたいと思っていたからであろう。それで。『中国文学雑談』を読み終えた序でに、読んでみることにした。

なかなか面白い。・・・読み始めて思うことは、おそらく、手元に残しておいたのは、よく理解できないところがあったからだろうと思う。

 

それにしても、50年前には、ボクはこんな本を読んでいたのだ。タイムカプセルの中から出てきたような感じである。

 

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今日は墓参りに行ってきた。お墓の傍は公園になっていて、アジサイ祭りの最中であった。それなりの人出であった。

 

 

空気が足りない

久々に、不整脈が激しくなっている。

夜中に呼吸が止まるのは、ちょっとね。

それでニトロを服用。5分後ぐらいに、落ち着いてきて

そのまま眠ってしまったようである。

今は落ち着いている。

 

庭が余りにも荒れ放題なので気になってしまい、庭木の剪定などしたのが

やりすぎだったようである。

仕事の直後は、爽快だったのだが・・・

 

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『中国文学雑談』こんなに面白い本だったのだね。お酒飲みながら話しているのだろうか、と思うくらいだ。

【・・・中国人は、自分の行動をつねに歴史に残るように行動する。・・・。それで行動が芝居がかる。それは狩野先生が、「中国人はおもしろいよ、いつもなんか芝居しているような気持ちだ」と・・・。それが狩野先生ご自身にもあるのです。】p34

井上靖氏との対談

 

【・・・桑原 しかしその資料主義の内藤、桑原などが、狩野、鈴木などという先生と仲がよかった。

吉川 しかしお互いに悪口ばかりいうとった。】p114

桑原武夫氏との対談

 

【徂徠によれば、思想というものは根本的につまらないものだという。思想という形で個人をとらえることはできない。いいのは言語だ。言語には感情がこもっている。感情のこもった思考としてとらえるのは言語だ。思想というものでとらえたら大変な誤解におちいる。】p150  

石川淳氏との対談

なお、この話に関連しては『読書の学』(ちくま学芸文庫)が詳しいかもしれない。

 

・・・どの対談も面白い。写すのが面倒なので、ほんの一部の転写でした。

 

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今日は墓参りに行こうと思っている。

 

 

 

 

 

『中国文学雑談』

吉川幸次郎対談集(朝日選書)

 

1977年に出た本である。当時、すぐに買って、2日ほどで読んだようだ。

今回、45年ぶりぐらいで、読んでいるが・・・なかなか面白い。

対談の相手は、井上靖中野重治桑原武夫石川淳石田英一郎湯川秀樹

 

司馬遼太郎もそうだが、対話集は誰も面白いね。小林秀雄の対話集もおもしろく読んだ記憶がある。

 

ボクは同じころ、『杜甫詩注第1巻』を買って途中まで読んでいたのだね。

当時は、筑摩書房から出ていて4,800円であった。高いなあと思うが・・・学校の先生をしていた時だから買えたのだね。今だったら、とても手が出ない。

『中國哲学史狩野直喜著(岩波書店)なども読んでいたようだ。通読ではなく、部分的だとは思うが。   古本を1,000円で手に入れている。

 

今、やく半世紀ぶりに、こういうところに戻ってきたようである。

50年ぶりと言うと、法華経のなかの”放蕩息子”をおもいだす・・・

 

 

 

 

無題

『明治の文化』やっと天皇制の問題を正面から論ずる「精神構造としての天皇制」のところにたどり着いた。ボクには難しすぎるようで、ついてゆくのも大変。

いろいろ考えさせられるのだが、何か言おうとすると、手が動かない。もやもやしたものがあるのだが、考えが纏まらないのである。

 

杜甫」も、同じく、難しすぎるのだが、『杜甫私記』を終えて、『杜甫詩注』のほうに入った。

杜甫は、本当に貧乏神に取りつかれたように、物質的に恵まれない。しかし、

助けてくれる、友人・知人には恵まれていた(?)ようで、

(ペルーに出かける前に、ペルーで一番大事なのは友達だ‹私には親類も家族もないわけですから›と教えられたのだが、そのことを思い出した)

あの広い中国を、人を頼って放浪する。家族連れ(10人前後だろうと)で、家財道具一式を持って。

途中で、子どもを餓死させたりしている。そういう中での、詩である。(その詩を読み込むことによってその当時の杜甫の様子や時代が浮かび上がってくる。そういうレアルさがある)

 

最後は、ご馳走になった肉とお酒の飲み過ぎで死んだようだが(空腹で傷めつけられていたお腹にはきつかったのか)・・・数十年後にお孫さんが当時の有名な文章家に墓碑を書いてもらっているところを見ると、後に残された家族も野垂れ死にをせずに、それなりに生活できたようでホッとする。ただ高級官僚になった(詩人になった)子孫は居ないようである。

 

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『仏像彫刻』の方は:

昨日は、砥石を使って刃を研いでみた。(電動砥石はまだ使う自信がない)

見違えるような切れ味になった。これほど切れると、肩こりは起こさなかったような気がする。気づくのがちょっと遅かった。

これから、少し細かなところに入ってゆく。

 

 

 

 

軸装した書

昨日、10時ごろ、知人が表装した書をもってやってきた。

(この時私は、急に歯が痛くなり歯医者に予約を取っていて、出かける30分前であった。30分で話は済まないだろうが、まあ、何処かでそのことを言い出さなければならない。)

 

書を掛ける釘のようなものが見当たらず、すこし低い位置に掛けるしかないが・・・

二本とも、掛けて見た。

家内の書いた「笑門来福」と私の書いた「南無釈迦牟尼佛」

私のものは和尚さんの書いたものと言うのでそれなりの立派な表装がしてある。〈馬子にも衣装だね〉などと言いながら・・・

 

もう忘れていたが・・・私が寺を去る時(7,8年前になろうか)に、よくお寺の行事などで手伝ってくれた人たちに、いろんなものを欲しかったらあげます、といってあげたのだった(何しろ外国に行く事にしていたので、要らないものは捨てるしかない)が、その時に、奥さんの書かれたものがあったら欲しいという声があり、次いでのように、和尚さんの書かれたものもあったら・・・ということがあり、あげたのであった。それが・・・今頃表装されて出てきたのである。

 

「笑う門には福来る」は、家内の好きな言葉であったようで、実際に笑顔で居ることが多かったし、色紙に「笑」と書いたものもあったのだが・・・条幅は、まだ師匠の許しを得て日も浅く、練習中のもので、落款というのか印が押してなかった。それでもいいというので、あげたのだが(それは家内には許してもらえるかどうか分からないのであったが、求められればあげる、というのが私の考えだったから)

こうして表装されて出てくると、複雑である。

 

私の「南無釈迦牟尼佛」は、どうしても自分のお寺の住職さんの書かれた軸を床の間に飾りたい、という檀家があり、断り切れず、練習して書き上げた。その時、何十枚も練習したので、良さそうなものを数枚残しておいた。また欲しいという声があった時に、また書くのは大変だから。それが、このとき役に立ったのであった。

普通軸物は行書や草書が多いのだが私のこれは楷書である。なんとなくぎごちなく、つたないのであるが、まあ、仕方ない。私は楷書しか書けない。

 

軸を見ながらあれこれ話しているうちに、彼女は今日が第二回目のワクチン注射だというようなことに話を転じたので、彼女の思惑は無視して、これ幸いと、実は私も歯医者に行く用事があって・・・と、切り出すことが出来てホッとして、麦茶を出す余裕が出来た。残り15分ぐらいの時であったか

 

(そういうわけで、落ち着いて話せたのはわずかに15分ほどだったのだが、結構いろいろと話せた。作りかけの仏像を見せて、9月ごろ完成したら見せてあげる、と約束までしたのだから。)

 

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幽霊見たり枯れ尾花、という言葉があるが、幽霊を見たような感じであったな。

こういうものを見せられるとは。