『荘子』について

今回、ずいぶん時間をかけて、本文を読む機会があった。

それで、森三樹三郎さんが〈あとがき〉で、内篇と外・雑篇の関係を、仏教の、直弟子たちの小乗仏教と、のちの大乗仏教の関係に準えているのを読んで、ある意味納得する。

 

荘子(第一二篇)とその弟子たち(外篇・雑篇)は、考え方が全く異なっているように見える。

大乗仏教の始まりごろに、お釈迦さまの十大弟子を、大乗の菩薩が、茶化すようなことを仕掛けたり、いろいろあったようだ(大乗の徒が、修行に打ち込む者たちを小乗の徒と言って貶めた)が、

荘子』の中には、幸いなことに、そういう事は書かれていない。

しかし、明らかに「処世」のために、学んでいるらしい人たちが、得意になって論文を書いているらしい様子も少しだけ見えている。

 

荘子は、世間の中に隠れて、無名の一民間人として、生きたように思うのだが、そこは「嚢中の錐」だから、自然に人に知られ、少なかっただろうが、弟子(というより、道友かな)が居ただろうと思う。これは仕方のないことである。しかし、自称直弟子は、仕官など考えもしなかったであろう。

 

でも、孫弟子ぐらいになると、仕官を考える人も入門したのかも知れない。

 

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昨日、すこしドライブをした。高速で土浦に出て、そこから海の方へ走った。霞ケ浦に掛かった橋をこえて、突き当りを、大洗の方に向かった。暖かい、穏やかな天気であった。

関東平野のど真ん中を走っているので、起伏がないだろうと思っていたのだが、意外と起伏があり、亦、広葉樹が多い(林が多い)。もちろん、ぜんぶ葉を落としているが。昔は広大な森林地帯だったのかも知れない。

心電計を付けているので、見知らぬ土地を走るような緊張状態も経験する必要があるだろうと考えたのであった。

街道沿いの食事のできそうなところには、どこも、沢山の車が止まっていて、結局、寄らないで、家に帰って、食事をした。

 

今日は、軽く汗が滲む程度の散歩。

いよいよ今夕で5日間の装着を終える。

昨日北浦あたりの橋の上で

オオバン 番だろうか

暖かいので家族連れが