『荘子』雑篇 第二十五 則陽篇 より

【魏の君である瑩は斉の君である田侯の牟と盟約を結んでいたが、田侯の牟はその盟約を破ったので、魏の瑩は怒って、刺客をさしむけて田侯を暗殺しようとした。魏の将軍であった公孫衍は、そのことを聞くと恥ずかしく思って、こう申し上げた。

「殿さまは大国の君主であられる。それなのに、身寄りもない卑しい男がするようなことをして仇を討とうとされています。わたくしお願いいたしますが、(堂々と正面から攻撃をかけたいのです)武装兵二十万をお受けして、殿さまのために斉の国に攻め込み、その人民どもを捕虜にしてその牛馬の家畜を捕獲し、その主君に憂慮の高熱で背中に腫れ物をふきださせ、そのうえで斉の国都を攻め落とすことにいたしましょう。将軍の田忌めが都を出て逃げ出すことになれば、そのうえでその背後に打撃を与えて背骨をうちくだいてしまいましょう。」

季子がそのことを聞くと、また恥ずかしく思ってこう申し上げた。

「七、八十尺もある高い城を築いていて、もう七割がたも築いてしまったというのに、それをまたうちこわすのです。これは工事人夫の囚人たちを苦しめることです。今や戦争のない平和は七年もつづいていますが、これこそ(殿様が)王者になるための基礎です。(戦争をすすめる)公孫衍は世を乱す人間です。お聴きいれになってはいけません。」

華氏がこのことを聞くと、また恥ずかしく思って申し上げた。

「斉を討伐しようとたくみにいいたてるものは、世を乱す人間ですが、また討伐してはならないとたくみに主張するものも、世を乱す人間です。さらに討伐論者も討伐反対論者もともに世を乱す人間だといっているこの私も、また世を乱す人間です。」

魏の君は「それでは、どうしたらよかろうか」とたずねた。

「殿さま、ただただ(是非の議論をこえた)真実の道を求められることです。」

恵子はそのことを聞くと、(賢者の)戴晋人を薦めてお目通りさせた。戴晋人はいう、

「蝸(かたつむり)というものがいますが、殿さまご存じでしょうか」

「うん」とこたえると。

「蝸の左の角(つの)に国をかまえるものがいて、触氏といいます。また蝸の右の角に国をかまえるものがいて、蛮氏といいます。あるときこの二国が互いに土地を争って戦争をはじめ、戦場にころがる屍は数万人、逃げるものを追いかけて、半月もしてからやっと帰ってきたということです。」

魏の君はいった「ああ、それは作りごとだな」

「では、わたくし、殿さまのためにこの話を本当のことにしてみましょう。殿さま、四方上下の宇宙のひろがりをお考えになってみて、ゆきどまりの果てがあると思われましょうか。」

魏の君は答えた「いや、宇宙は無限にひろがっている」

ではその無限のひろがりのなかに心を放って自由に遊ぶことをわきまえながら、ひるがえって人のゆきつけるこの地上の国々をながめると、それこそ有るのか無いのかわからないほど、ちっぽけなものではないでしょうか。」

魏の君は「そのとおりだ」と答えた。

「人のゆきつけるそうしたちっぽけな範囲の中に魏の国があり、魏の国のなかに大梁の都があり、大梁の都の中に王さまがおられるのです。王さまと蛮氏とで、はたして違いがありましょうか。」

魏の君は「違いがない」とこたえた。

客人の戴晋人が退出すると、魏の君はがっかりして、なにか大切なものを失ったようなありさまであった。】p291~294

今回は岩波文庫荘子』第三冊 を写させていただきました。

 

有名な「蝸牛角上の争い」のはなしです。なかなか面白い話で、この話を知っていると、ふつうは、争う元気がなくなるのですが・・・。

触氏と蛮氏が、ともに、生きているカタツムリの一部である、と認識することが一番大事だろうと思います。魏の君は、(宇宙の話を通して)おぼろげにそれを感じている。

 

・・・・・宇宙にポツンと浮かんでいる「宇宙船地球号」ということが言われて久しいのですが・・・(目先の利害に目がくらんでいるのでしょうか)知らんぷりをしている人たちがたくさんいます。

それとも・・・本当に知らないのでしょうか。