むかし、斉の国に金(きん)がほしくてならない男がいた。ある晴れた朝、ちゃんとした服装をして市場に出かけてゆき、金を売買する商人のところにゆくと、すきをみていきなりそこにあった金をひっつかんで、逃げ出した。役人が追っかけて、その男をひっつかまえてなじった。
「お前は、こんなに大勢人がいるのに、ひとさまの金をかっさらうとは、いったいなにごとだ。」
すると、その男はこう答えた。
「金をひっつかんだときには、人なんか目に入らず、ただ金だけが見えたんです。」
これは、『列子』の一番最後の言葉である。何でもないようだが、しばらく眺めていると、かなり鋭く、盲点を突かれたような気がしてきた。
列子には、いろいろ面白い話が多く、気分転換には最高かもしれない。
ボクたちは、見たいものしか見ないで生活している、かもしれない。
中國の戦国時代の、どちらかというと、庶民的な(道学者ではない)人々が書いた本であろう。