桶谷繁雄『金属と日本の歴史』講談社学術文庫

 

裏表紙

文庫になったのは2006年、原本は1965年発行。

内容は:

目次 

はじめに

第一章 原始の生活

第二章 草薙剣

第三章 古代における鋳造と冶金

第四章 鉄を作る

第五章 歴史の中から

第六章 鐘の作り方

第七章 奈良の大仏

第八章 刀の歴史 ・・・ いまここ

第九章 日本刀を作る

第十章 冶金の状況

第十一章 鉄砲とその製造の歴史

第十二章 鎖国の間に

第十三章 飛躍と停滞

第十四章 日本製鉄工業の夜明け

 

年表などを見ていると、鉄器が使われるようになると、思想家が現れる。鉄が思想を呼び覚ますのではなく、鉄が使われる頃には、職業分化が進んでいて、富の蓄積その他、諸々の活動が活発になり、大集団を統括しなければならなくなり、問題多発。深く考える人も出てくるという事なのだろう。

 

このあいだ、youtubeで、スバンテ・ペーボ教授(ノーベル賞受賞)のネアンデルタール人の話を見たのだが、その中で、ネアンデルタール人は繊細で、あまり大きな集団を好まないような人だったのではないか、と言っていた。彼らはホモサピエンスとともに生活した痕跡を遺伝子に残しているらしいが・・・この鉄器文明の段階には進めなかったのかも知れない。・・・ボクは、日本語が滅びるのではないかと思うだけではなく、日本人も滅びるのではないかと心配している、ちょっと繊細過ぎるというか・・・押しが弱いというか・・・

 

いま、「第七章 奈良の大仏」のところを読んだばかりだが、奈良の大仏を作るには、直接かかわった人が12,000人、期間は5年余りとか。

当時(750年ごろ)の人口がどれほどのものなのか知らないが、これは国を傾ける程の大事業ではなかったか。

・・・855年その大仏の頭が落ちた。要は、頭が重すぎたらしい。それで、補修されるのだが、その時に、螺髪(巻き毛)が、鋳物から銅板から叩き出す方法に、頭を軽くする工夫がなされたらしい・・・1180年には東大寺が焼かれている。1567年にも焼失している。・・・

 

廬舎那仏の頭が落ちた時には、どれほどの騒ぎになったのだろうか。東大寺の住職の首が飛んだぐらいの騒ぎではなかったのではないかと思うが・・・

 

本堂の本尊などは木でできていることが多いが、お寺には梵鐘とか馨とか、叩いて音を出すものがいろいろある。今までは、単にいい音が出るかどうか、そういうことで見ていたのだが、今回、そういうものを作る人々の苦労とか工夫とか、歴史とか、興味深く読んでいる。