『陶淵明詩解』鈴木虎雄訳注

ここんところ殺伐としたものばかり読んでいたので、本当に久しぶりで陶淵明の詩を眺めたくなった。

同時に『中国文学における孤独感』斯波六郎著(岩波文庫)も、読み始めた。これは2021年5月に一度読んだものだが、また手に取っている。斯波さんは、自分の戦中の体験と重ねるようにして、孤独感というものを、詩人に重ねているようなところがある。

独特の読み方のような気がする。

陶淵明も、かなり孤独感と縁の深い詩人のように思う。時代の中で自分の位置が見いだせずに、固窮の節を守るというような生き方をすることになる。

 

ボクは最初は、法語を作る時の参考書として読み始めたのだが、いつのまにか、そういう目的を離れて、目を通すようになった。

最近は離れていたのだが・・・

 

世の中が騒然としたときに、ボクはそこから離れて出来るだけ遠くに行きたいようなところがある。人があまり注目しないときには、あれこれ考えるのだが、みんなの目が向くようになると、急に眼をそむけたくなるようなところがあるのである。

まあ、天邪鬼というのであろうか。

 

『文明と戦争』上巻がまもなく終わりそうなので下巻を注文したところなのだが、さて。読めるかどうか。

 

現実にあまりに目を近づけすぎると、時々は、鳥の高みから全体を眺めるようなことが必要な気がする。

時には、全然別の景色を見ることも。自分が死にぞこないのかなりの老人であることを思い出さなければならない。思い出すことは寂しくもあるが。